「涼宮ハルヒの驚愕」を推理する
― annotated ―



昨年のエイプリルフールに発売された「涼宮ハルヒの分裂」の続編は、6月1日発売、などと書かれた紙が挟まれていたのですが、見事に引っ掛けられました。季節ネタを重視するハルヒのことですから、当然、エイプリルフールは重要なイベント。あっさり引っ掛かった人は、みんな馬鹿、としかいいようがありません。しかし、期待されました七夕を過ぎても発売されず、いつまでたっても長門は熱を出したまま。これはあんまりです。

最近読みました小説に、米澤穂信氏の「愚者のエンドロール」という作品があるのですが、同書は、解決編を書かないまま寝込んでしまった作者に代わって解決編を推理する、というお話です。これは良いことを聞いた、というわけで、早速私も「涼宮ハルヒの分裂」の解決編であります「涼宮ハルヒの驚愕」を推理することといたしました。「ないんだったら自分で作ればいいのよ! 0」、けだし名言です。

「さて、みなさん」と、たいていの名探偵はミステリーの最後の方で切り出します。で、「犯人はXXです」と断定したあとで、おもむろにそのように断定する理由を述べるのですね。これにならいまして、「『涼宮ハルヒの驚愕』とは、次のようなお話です」、として本編をご紹介したあとで、かくのごとく推理する理由につきまして、のちほど解説を加えようと思います。

さて、みなさん、それではさっそく本編をどうぞ。「涼宮ハルヒの驚愕(推理結果)」の始まりです。


【β1】長門が熱を出して寝込んでいる、という情報をキャッチした涼宮ハルヒは、SOS団の全員に長門のマンションに向かうように命令した。これに逆らう団員がいようはずもなく、ハルヒを筆頭に、古泉、みくる、そして俺は長門のマンションに急行したのだ1

マンションの入り口がオートロックになっていることは既に経験済みだ。ハルヒ、どうするんだね。またかね2
ハルヒ:当然、ここは持久戦ね
管理人:おやおや、こないだのお嬢さんじゃないですか。どうしたんですかね?
管理人が出てきた。おまえ、怪しまれているぞ。
ハルヒ:ここの708号室に住んでいる同級生の長門有希が熱を出して寝込んでいる、って聞いたからお見舞いに来たのよ
管理人:それはそれは、ご苦労様です
例によって、うまいことしゃべる奴だ。ともあれ、あっさりと正面を突破、ハルヒは708号室のチャイムを鳴らした3

ドアを開けた長門が元気のないことは、俺にもすぐにわかった。
ハルヒ:どうしたのよ
長門:だいじょうぶ。なんともない
ハルヒ:なにをいってんの、ふらふらしてるじゃない。駄目でしょ、寝ていなくては
そういうと、ハルヒは長門の肩に手を廻し、長門をベッドの中に押し込んだ。ハルヒはナイトテーブルの上に置かれた薬袋に気づくとこういった4

ハルヒ:あれ? この薬、病院にいったの? 電話したときは、いってないみたいなこといってたけど
長門:病院にはいってない。診療所にいった
キョン:ほんとうか? (どこの診療所、どんな薬なんだっ!?)
ハルヒ:あんた、ちゃんと何か食べているんでしょうね
長門:……
長門は無言で台所を指差す。そこにはコンビニ弁当の残骸が積まれている5
ハルヒ:こんなもの食べてちゃ駄目じゃない。みくるちゃん、お湯沸かして! おコメはどこかしら? ないの? こらキョン、至急おコメを買ってきなさい

またお前は何をする気かね。今からコメを炊いて、おかゆでも作ろうというのか。冷凍食品の消化の良さそうなものを買ってきたほうが良いのではないかね。そこにほら、電子レンジという便利なものがあるではないか。などと考えていると、玄関のチャイムがなった。誰だろう?

ハルヒ:ほら、ぼやぼやしていない。さっさと玄関を開ける!

玄関のドアを開けると、そこには喜緑江美里さんが楚々と立っている。手には土鍋。いつか見たことのある光景6だが、朝倉涼子よりは数百倍ありがたい。

キョン:まさかそれ、おでんか?
喜緑:おじやをお持ちしました
ハルヒ:気が利くじゃない。で、コンピ研の部長7とはうまくいっているの?
喜緑:もう、お付き合いはしていません
ハルヒ:賢明な決断ね。でも今は、つまらないこといってないで、それを台所に運びなさい
お前が会話を振ったんじゃないか。

ハルヒ:みくるちゃん、これ、適当によそって食べさせてあげて頂戴
みくる:は〜い
古泉:よ〜くこんなものを持ってこれましたね。ひょっとすると、こちらにお住まいですか?
喜緑:はい8。6階に
ハルヒ:それは良かったわ。ねえ、あなた、時々有希の様子をみてもらえないかな。本来ならば私が、つきっきりで看病するところだけど、ここ、出入りが不便なのよねえ
喜緑:もちろん、それは構いません。朝晩にはお食事をお持ちします。昼食は無理ですけど
ハルヒ:それで充分。人間、1日2回食べていれば死にはしないわ。1日3食という習慣は、人類の歴史の中では、ごく最近のことなのよ9
俺たちゃ現代人だ。

ハルヒ:ところで、どうして有希が熱を出しているってわかったの?
喜緑:鶴屋さんにうかがいました
ハルヒ:鶴屋さん? なんであの人が知ってたのよ
みくる:あ、それ、私が下駄箱のところで教えました

などと病人そっちのけで会話を弾ませている間に、長門はおじやを食べ終わり、いつまでもここにいるのも有希に悪い、という至極当然の配慮から、解散となった。帰り際に、古泉が俺の耳に息を吹きかけながら、「玄関前に再集合」と囁いたことはいうまでもない10

マンションを出た俺は、ちょっと用を思い出した、などといってハルヒをまくと、長門のマンション前に戻った。そこには既に朝比奈さんも古泉もいる。さて、どういたしますかな。また持久戦ですかね、などと考えていると、古泉がキーを操作して自動ドアを開けた。

キョン:古泉、暗証番号を知っていたのか?
古泉:喜緑さんに開けていただきました。部屋番号を押して、住人に開けてもらう、ごく普通のやり方です

喜緑さんの部屋に案内されると、なぜか朝比奈さんは、当然、というようにお茶の支度にとりかかった。

こうして朝比奈さんの淹れてくれたお茶を飲んでいると、SOS団の部室での、あのまったりとした日常となんら変らないように思えるのだが、そういうわけにもいかんのだな。一番頼りになる長門は寝込んでしまったし、俺は全くの普通人だし、古泉に朝比奈さんも、あまり頼りになりそうにもない

古泉:そんなことはありませんよ。敵ははっきりしているじゃないですか。我々の組織だって、少なくとも、朝比奈みちる誘拐事件のときには、勝利をおさめたこともあるのですよ11。未来人と超能力者の連合チームを相手に、ですね
喜緑:長門さんが戦力外となってしまいましたので、私がバックアップを務めます。長門さんには及ばないと思いますけど
古泉:利害の一致する我々、ここは一つ、手を組むことにいたしましょう

なるほど。確かに長門がぶっ倒れて俺たちは泡を食ったのだが、良く考えてみれば、それほど悲観すべき状況ではない。あの雪山で謎の洋館に閉じ込められたときは、俺たちだけでの対処を余儀なくされたのだが、今回は長門の代わりに喜緑さんがおり、古泉の機関とやらも健在だ。こちらの態勢は、さほど損なわれていない、というわけだ12

それに、佐々木は乗り気ではないし、あの未来人や宇宙人のインターフェースも、全然やる気がなく、チームワーク最悪、だしなあ13

古泉:まあ、そうそう安心していられる状況ではないのですよ。現に長門さんは倒れてしまいましたし、あの天蓋領域がどのような能力を持っているのか、我々にはわかっていないのですから。しかし、一つだけ我々には有利な点があります。それは、キョン、あなたの存在です
キョン:おいおい古泉。お前までその名で俺を呼ぶのか14。しかし、俺は一般人だぞ15。お前らとは違う
古泉:いえいえ、今回はあなたが鍵です。あなたの責任は重大ですよ
キョン:こらっ、顔近いぞ。息が掛かる16。でも、なんで、俺の責任なんだ?
古泉:それはもう、佐々木さんはあなたの友人ですからね。敵対する組織の首領があなたの友人であるということは、ある意味、好都合、といえるでしょう
キョン:う〜ん。それで、俺になにを期待しているんだ?
古泉:佐々木さんに頼んではいかがでしょう。こういうことをしないように。簡単な話じゃないですか
キョン:それがそう、簡単でもないようなのだな
古泉:簡単なことではないくらい、僕にもわかります。ですから、機関は総力をあげて、あなたをバックアップしますよ
おい、簡単なのか? 簡単じゃないのか?
キョン:まあ、こうなれば、そうするしかない、が

一応は佐々木に警告する覚悟を決めた俺だったが、そんなことでこの強敵が何とかなる、とも思えない。その上、喜緑さんは不吉なことをおっしゃる。

喜緑:あなたが鍵である、ということは、あのグループの人達も良くわかっているはずです。次に危険が迫るとすれば、あなた17
古泉:彼か、彼の弱みとなる人物ですね。妹さんとか、朝比奈さんとかを誘拐して、佐々木さんが首領を務めるよう説得することを強要する、というのは、なかなか良い作戦だと思いますよ
キョン:しかし奴等の狙いはなんなんだ。俺たちはハルヒに振り回されてこんなことをやっているんだが、佐々木には何をしようという気もなさそうなんだな
古泉:橘京子が何を考えているかは僕にもわかります。あちらの組織はそういう論理で動いているのでしょう。世界の安定を保つ、そういう意味ではこちらの組織と目的は同じですが、方法論が違うのですね18
喜緑:そして天蓋領域の目的は、おそらく、情報の収集19
古泉:未来人の目的は、良くはわかりませんが、機関のお偉方は、彼は歴史の改変を狙っているのではないか、という仮説を持っています20
みくる:え〜! そんなことをされたら、私は未来に帰れなくなってしまいます21。でも、それは藤原さんも同じですよね。そんなことをして、困らないのでしょうか?
古泉:彼のあの性格のゆがみは、彼の日常がすさんでいることの結果でしょう。そんなすさんだ日常は捨ててしまいたいと、そう考えていても不思議ではありません。そういえば、朝比奈さんは自由にタイムマシンを使えるのですか?
みくる:いいえ、許可が要ります22。もう少しレベルが上がれば、自由に使えるのですけど
古泉:ではこう考えたらどうでしょう。あの藤原という男は、自由にタイムマシンが使えるレベルに達している。そして、過去を改変して、タイムマシンが発明されない歴史を作り出すことをたくらんでいる、と。そうすれば、タイムマシンを使えるのは、この地球上に藤原氏だけ。あらゆることが自由にできることになります。絶対的権力の掌握、これは、何かをなそうという理由に、充分になるのではないでしょうか
みくる:そんなぁ、そんなことになったら、私はこの時代に取り残されてしまいます。そんなの嫌です
キョン:俺も願い下げだな。そんなシチュエーションは。あんな性格の悪い奴に権力など握らせたら、ろくなことにはならんだろう
古泉:大丈夫ですよ。物理攻撃に対しては、我々の組織がプロテクトいたします。実力は実証済みでしょう
喜緑:環境情報操作に関しては、既に、監視と防衛を情報統合思念体に申請しました。自律進化の可能性は情報統合思念体の最大の関心事23。これからは、長門さんに加えられたような攻撃は、ブロックされるはずです
キョン:そして俺が佐々木を説得する、と。作戦はそれなりに完璧だな。まあ、どうなるかわからんが、やるしかないだろう
古泉:はい、その通りです
喜緑:はいっ、そうです
みくる:よ、よろしくお願いしま〜す

と、いうわけで、作戦会議の終った俺たちは喜緑さんのマンションをあとにした。古泉と朝比奈さんも、なぜか俺と一緒に歩き、気づいたときは俺の家の前だ。

キョン:あれ、どうして古泉や朝比奈さんまで、ここに来たんだ? 寄ってくか? ちょっと遅いが
古泉:護衛をしたのですよ。最も効率的に、ね
キョン:護衛?

あたりを見回すと、電信柱の影に、デカのような男が二人、張り込みをしている。中年の男と若い奴。良くみれば多丸兄弟ではないか。そして、俺たちが歩いてきた方向を見ると、タクシーがゆっくりと接近している。助手席に座っているのは、森さん。心強い! 運転しているのは、執事(?)の新川さんではないか。古泉の組織には他に人材はおらんのか、などという突込みは、この際だから遠慮しておこう。このとき、正直俺は、なんとなく頼もしいものを感じたのさ。

キョン:そういうことか。俺と、俺の妹を守っていてくれたのか
古泉;当然です。これは、もちろんこの世界を守るという、純然たる任務からであって、あなたに対する個人的な好意から、というわけではないのですが

古泉と朝比奈さんは、新川さんが運転するタクシーに乗って去っていった。多丸兄弟はそのまま物陰で張り込みを続けるようだ。かれらは本職の警察官なんだろうか? 本職だとしたら、こんなことをやってても良いものなのだろうか? まあ、そのあたりは、機関とやらが細工をしているのかもしれない。いずれにせよ、妹を守ってくれるといっているんだ。感謝すべきことなんだろうな。


【β2】世界の裏側では、エスパー戦隊や宇宙人たちが日夜激しい戦いを繰り広げてはいるのだろうが、俺の日常は特に変わったこともなく、週末を迎えた24。この日、ハルヒは用があるとかいって、ご町内の不思議探しは中止、しかし俺には重要な用件がある。いうまでもない、佐々木説得という重大任務だ。やれやれ、気が重いことだ。

妹:キョン君、お留守番お願いね
生意気な。

実は妹は、鶴屋家の温泉つき別荘に一泊二日のご招待。古泉あたりが手を回したのだろうが、朝比奈さんつきでハルヒなしの超豪華版25。結構なご身分でありますことよなあ。

迎えの車が来て、妹は飛び出してゆく。妹を手伝ってボストンバックをトランクにつんだ俺に、車中の朝比奈さんが手を振って微笑みかける。俺の緩む顔を尻目に車は出てゆく。

佐々木との待ち合わせ場所はいつもの駅前。能のない話だが、適当な場所がここしかないのだから仕方がない26。まさかハルヒはこないよなあ。これは、いわゆるデートと呼べるような代物では決してないのだが、あいつに見られたら確実に誤解される27。うん、そのときは、同窓会の相談、とか答えておけば良いか28

などと考えていると、悪い予感は的中するものだ。向こうからやってきたのは、なんとハルヒその人ではないか。

ハルヒ:待たせちゃってゴメン
って、あれ? あ、あの少年か、ハルヒが会うのは。ハカセ君、とか俺たちは呼んでた。勉強を教えに来た、というわけか。
ハルヒ:あれ? キョン? あんたも来ていたの? 不思議探しは今日は休みだっていったでしょ
キョン:いや、これはだなあ。同窓会の打ち合わせをしようと
佐々木:待たせたな

というわけで、それぞれ相手方と落ち合った俺たちは歩き出したのだが、なぜかハルヒたちも俺たちと同じ方向に歩き出した。ハルヒも何かいいたげだが、ハカセ君を前にして、普段のあれはないからな。不機嫌そうな顔で、俺たちと同じ、自らの道を進んでいった。

大通りを渡る横断歩道、赤信号が青に変わるのを待っていた俺たちの前に、大型の車が急停止した。そして、中から伸びてきた手がハカセ君を引っつかむと急発進するではないか。あれは、以前と同じ、モスグリーンのワンボックスカーだ29

呆然と立ち尽くすハルヒに、別の車から声がかかった。

古泉;こちらはお任せください
ハルヒ:頼んだわよ

なぜ古泉がこんなところに? 当然過ぎる疑問をハルヒは感じなかったのだろうか。おそらく古泉は、何らかの情報を掴んでいたのだろう。俺たちは、蚊帳の外、というわけだ30

もちろん、これでおとなしく引き下がるハルヒであろうはずがなく、通りかかったタクシーの前に手を突き出して、危うく轢かれそうになりながらもタクシーを止め、俺の腕を引っつかんでタクシーに乗り込むと、こういった31

ハルヒ:あの車を追ってください。子供が誘拐されました
運転手:そりゃ大変だ。警察に連絡しないと
ハルヒ:キョン、あんたは警察に電話。私は古泉君と連絡を取るわ
運転手:それにしても飛ばしますなあ。見失いそうだ
ハルヒ:大丈夫。この先右曲がって。運転手さんね、あの車に乗っているのは私たちの仲間なの。誘拐犯は、あの人達が追っかけている、もっと先の車。私の電話はあの車に乗っている古泉君とつながっているから、道案内ができるってわけよ。それにしてもキョン、どうしてこっちに詰めてくんの?
キョン:しょうがないだろう。こっちにはもうひとり乗っているんだ
ハルヒ:何であんたなんかが乗ってくるのよ
佐々木:なんか、とはご挨拶だな32。これをみて放っておくわけにもいかないだろう
ハルヒ:まあいいわ、味方はひとりでも多いほうが良いから

ハルヒの誘導で追跡することしばし、前方に道をふさぐ形で車が停まり、その横で携帯電話片手に手を上げているのは古泉ではないか。その向こうにはワンボックスカーが停まり、森さんがその横に怖い顔をして立っている。さらにその向こうには、パトカーが停まり、ピストルを手にした警察官が近づいている。あれは、多丸氏か? いや、そうではないようだ。

タクシー代の払いを、当然のごとく俺に任せて飛び出したハルヒを、新川氏が制止する。俺と佐々木が新川さんのところまで着いたとき、ワンボックスカーの扉が開き、中から伸びた手がハカセ君を車外に降ろす。眠り薬をかがされたのだろうか、地面に降ろされた少年はぐったりと、車を背にもたれかかる。それを森さんが抱えあげ、こちらに向かう。

警察官は、車の扉を開けるが、不思議そうにあたりを見渡している。危険がなさそうだと察知したのか、新川さんも車に近づき、ハルヒと佐々木もこれについていく。車の中は空っぽ。少年をさらったはずの犯人達は姿も形も見えない。

救出された少年は新川氏が運転してきた車の後部座席でぐったりとしている。これを心配そうに見ていたハルヒは、やがて決断したようにこういう。

ハルヒ:キョン、私はこの子を家まで届けなければいけない。うん、そういう責任があるの33。で、新川さんの車で送ってもらおうと思うんだけど、定員オーバーなのよね。あなたたちは適当に帰って

幸い、俺たちを乗せてきたタクシーは、俺たちが降りたところにそのまま停まっていた。運転手が降りているのは、おそらく野次馬を決め込んでいたのだろう。そのタクシーに俺たちは駅前まで送ってもらった。送ってもらった、というのは料金を取らなかったという意味で、運転手がさんざん質問をしてくるのには閉口したが、ただ、というのはありがたい。今日はとんだ散財だったからなあ。

駅前でタクシーを降りると佐々木はこういった
佐々木:ちょっと付き合ってくれないか。いろいろと話したいことがあるんだ
キョン:もちろん構わないとも
と、いうか、俺たちがここに来たのはそれが目的だったんじゃないか。

公園脇の並木道。いつぞやの不思議探しのとき、朝比奈さんが未来人であるという告白を聞いたのもここだったなあ、などとどうでも良いようなことを考えながら俺は佐々木と歩いていた34。佐々木は、ショックを受けた様子で、元気がない。そりゃあそうだろう。俺にはとっくに免疫ができてしまったが、いや、そういう俺にしたところで、いまだに動悸が止まらないのだが、佐々木にはこれが初めてだ。この世の本当の危険に気づいたとき、そう、俺を殺そうと、朝倉涼子にナイフを振り回された直後の俺、それが今の佐々木なのだからなあ。しばらく歩いた後で、佐々木が口を開いた35

佐々木:あの車、少年をさらった車には、あの藤原と名乗っていた未来人が乗っていた
キョン:そうか
そりゃあそうでしょうとも。あいつがやらないで誰がやる。そういえば、ハルヒが勉強を教えているあの少年は、タイムマシンを発明することになる、というようなことを朝比奈さんがいってたな36。未来人藤原の狙いが、過去を改変して、タイムマシンのない世界を作り出すことだとしたら、あの少年こそ、真っ先に狙われるはずだったじゃないか37。古泉の機関も、俺の妹や朝比奈さんを護衛する前に、まず守らなければいけないのはあの少年だったということに、考えが至らなかったのだろうか。ま、しかし、結果的に古泉の機関は良い仕事をしたわけで、こいつは誉めてやらねばならないだろう。

佐々木:そして、最後に犯人達が忽然と消えたとき、僕にはわかったんだ。こいつらは本物だと。藤原と名乗る未来人は、おそらくタイムマシンを使ったのだろう
キョン:トリックという可能性はないのか
俺は思ってもいないことを口にしながら、この話をどうもっていけば良いのか、ということについて頭を必死にめぐらせていた。
佐々木:僕はあれに類するマジックをみたことはある。しかし、あの状況でそれは無理だ。地面は普通のアスファルト舗装で、マンホールに類するものはなかった。あと仕掛けるとすれば車だが、これは警察に押収されるはずで、内部に隠れているという手はとりえない

ない知恵を絞ってみたところで、ろくな知恵がでてくるわけもない。俺は単刀直入に切り出すこととした。
キョン:なあ佐々木、君は、あんな連中とは付き合わない方がよいんじゃないか。こいつは、「面白い38」なんていえるレベルを超えているように俺には思われるんだがな
佐々木:君は、彼らと面識があるようなことをいっていたな。今回のようなことを、過去にもしてたということか?
キョン:そうだ。誘拐未遂をやっている。そのときは、あの橘京子と名乗る女も仲間だった。もちろん、藤原もな。今回さらわれた少年は、前にも一度殺されかけたことがある。俺は、それも連中の仕業ではないかと疑っている
佐々木:確かに君の助言はもっともだった。興味深い話ではあるが、これ以上続けると学業39にも差し障りそうだ
キョン:学業どころか、警察沙汰だからなあ
佐々木:しかしどうする。この事件では、僕たちは犯人を知っている。少なくとも藤原と名乗る男が犯人の一人だとね。しかし、これを警察に話すか? 犯人は未来人で、タイムマシンで逃げちゃいました、と警察に真相を告げるべきだろうか?
キョン:まあ、信じちゃくれんだろうな。下手をすれば狂人扱いだ

結局、警察にはハルヒが事情を話してくれて、俺たちはその内容を確認する以上のことは要求されなかった。被害者宅でハカセ君の両親に、実際に活躍した古泉らを脇にはべらせて、ハルヒ自身が口角泡を飛ばして武勇伝を語っているところに刑事たちがやってきたのだから、当然の成り行きともいえるだろう。俺たちにとっては胃の痛くなるような事件だったが、ハルヒには、たなぼたのおいしい話であったに違いない。これで十分に満足したのか、翌日の日曜日も、不思議探しは開催されなかった。


【β3】土曜の翌日は日曜日だ。と、いうことは休日である。世界の高校生が惰眠をむさぼる休日に、俺は毎度のように、ハルヒに引きずりまわされている。でも、本日は不思議探しは休業。昨日の大捕り物でハルヒも満足したんだろう。ハルヒを退屈にさせちゃいけない、と古泉はいうが、ハルヒにイベントを提供してやるような気は、俺にはさらさらないんでな40。などと考えながら、世間の高校生並みに惰眠をむさぼっているところに電話がかかってきた。誰だ。面倒な話にならなければよいが。

古泉:お休み中のところ申し訳ありません。緊急事態が発生しました41
キョン:こんどは何だ。何があったんだ?
古泉:涼宮さんの閉鎖空間に侵入者が現れました
キョン:何だって? おまえら以外、誰も入れないんじゃなかったのか?42
古泉:それが入られてしまったんだから仕方ありません43。しかも侵入が確認されたのは、敵性の存在、橘京子と周防九曜です。あなたはこれが、この世界にとってどれほど危険なことか、おわかりになりませんか?
キョン:なんと。それでハルヒは気づいているのか? やつらは何をしでかそうとしているんだ?
古泉:彼らがしようとしていることは、涼宮さんのエネルギーを佐々木さんに転送することではないか、と機関では考えています。どのようにすればそんなことができるのか、われわれにも理解できないのですが、これに類することを、いちど長門さんがされています。そして、これに涼宮さんが気づいた場合、世界はただではすまないだろう、というのが機関のお偉方44の一致した意見です
キョン:そうだろうなあ。あいつの世界に土足で踏み込むようなまねをしたら、あいつは怒り狂うに違いない
古泉:最善の策は、涼宮さんに気づかれる前に、われわれの手で彼らを排除すること。一刻の猶予もなりません45

古泉の言葉に従って玄関を出ると、そこにはタクシー46が停まっている。運転しているのは新川さん。助手席には喜緑さんが座っており、後部座席の古泉がドアを開けて手招きしている。タクシーに乗り込んだ俺に古泉がいう。

古泉:今回はすぐ近くですから、ご安心ください
キョン:ぜんぜん安心できんぞ。しかし、俺を連れて行ったりして、かえって足手まといなんじゃないか?
古泉;いえいえ、まだ存在は確認されていないのですが、敵方にはもう一人、重要人物がいます。佐々木さんですよ。あなたには、彼女を説得していただきます。もし現れた場合、ですが
キョン:ははーん、古泉が橘京子を、喜緑さんが周防九曜を、そして俺が佐々木の相手をする、というわけか。あの藤原とかいってたやつは、昨日の段階で消えてしまったから、朝比奈さんの出番はない、というわけだな
古泉;未来人の相手ぐらい、われわれの機関でも十分対応できます。もしあの未来人が現れたとしても、おそらく森さんには敵わないでしょう
キョン:そういえば、朝比奈さんも、戦闘力はゼロ、だからなあ47

コインパーキングに車を止めたわれわれは大通りに出た。
古泉;ここです
古泉が指差したのは、以前と同じ横断歩道48だ。古泉は俺の手をつなぎ、新川さんは喜緑さんの手をつなぎ、目を閉じて横断歩道の中央へと進む。一歩進んだ先は、おなじみの、灰色にくすむハルヒの閉鎖空間だ。

古泉;まずは高地をおさえましょう49。戦術上の定石です
古泉はそういうと、われわれをとあるビルの屋上に導いた。そこから見えるのは、どこまでも広がる灰色の空間。信号機が無駄に点滅している以外には、動くものの存在はどこにもない。いや、誰かいるぞ

古泉;あれですね。周防九曜、長門さんの呼び名では天蓋領域です
そいつは俺たちと同じように、数百メートル先のビルの屋上にいた。灰色の世界に墨汁を垂らしたようなそいつは、手を前に差し出すと、何か呪文を唱えているようだ50。その直後、そいつの手が光ると同時に、離れたところの数軒のビルが、一瞬のうちに吹き飛んだ。
古泉;これはまずいですね。こんなことをしていると涼宮さんに気づかれてしまいます
喜緑:あれは私の担当
古泉;それでは僕は囮を務めましょう
新川:私はあなたをお守りします。これでも、バリヤーくらい張れますのでな51

喜緑さんは、屋上の手すりに飛び乗ったかと思うと、そのまま、数十メートル先のビルの屋上に飛び移った。人間業ではない52。古泉は、というと、例の赤い玉を出してその中に入ると、屋上から落下したようにもみえたが、じきに低空飛行で周防に近づく赤い玉が見える。周防は赤い玉と喜緑さんに向かって光の玉を連発。そのたびに、周囲のビルが次々と吹き飛ぶ。

もちろん、古泉や喜緑さんがただ逃げ回っているわけではない。古泉は、器用にも、あの赤い玉の仲から別の赤い玉を周防めがけて発射する。喜緑さんが手を前にかざすと、そこからは目に見えないビームが出たのだろうか、前方のビルが砂のように崩れる。この見えないビームを周防はバリアをはって防ぎ、バリアの揺らめきが、かすかに喜緑さんのビームの存在を感じさせる。

周防は、ふわりと浮かび上がって古泉の赤玉を避けてはいるが、いつまでも重力に反しては、いられないようだ。喜緑さんに足下のビルを破壊されると、風に飛ばされたビニールかなにかのように、ふわふわと空中を漂い、別のビルの屋上に着地する。

こんな攻防がしばし繰り返されたとき、その周防の動きを読んだかのように、周防が着地したその場所に、古泉の放った赤球が、大きく弧を描いて接近する53。これを見た周防は、ちょっと慌てたかのように、足を使って飛び退く。ヒットしなかったのは残念だが、古泉もなかなかやるではないか。

しかし、これに怒ったか、周防は古泉に向かってビームを連発する。さすがの古泉も、これにはたまらず、ビルの陰を逃げまくる。喜緑さんは、周防を攻撃するが、バリアーと浮かび上がりで全然効き目がない。はるか離れたビルの影から、数発の赤球が打ち上げられるが、この動きはもはや周防には見切られており、簡単によけられてしまう。目標を外れた赤球が、付近のビルの壁を吹き飛ばす。

これではハルヒにばれないわけがない、と思っていると案の定、横に神人54が現れる。あちゃー、ばれたではないか。あんなにぽんぽんと撃ち合っていて、ばれないわけがないではないか。古泉も喜緑さんも、もう少し控えめにしてくれよなあ、などと考えていると、もう一つの緑色の玉が現れ、神人に向かい、糸のようなもので神人を縛り上げにかかるではないか。

これは機関の援軍か、それにしても色が違うのはなぜだろう、やり方もいつもと違うしぃ、などと考えていると、新たに現れた赤い玉が三つ、緑色の玉に向かう。そうか、あれは橘京子だ。ハルヒを縛り上げて、エネルギーを転送しようとしているのだな。そして、赤い玉が古泉の機関の人間で、ハルヒを縛っている糸を切っている、というわけだ。

緑色の玉にも援軍が現れ、神人の周囲で空中戦55が展開された。一方、古泉は集中攻撃で逃げ出す、と読みきった周防は、攻撃を喜緑さんに集中。防戦一方の喜緑さんは周防にじりじりと押されていく。

そんなときだ。神人が立ち上がり、手の先に延ばした棒のようなものを一振りする。鈍い、嫌な音が閉鎖空間に木霊した。

周防:ぶちっ

これをみた緑の玉はいずこかへ消え去った。一方、古泉と喜緑さんも、俺のいたビルの屋上へと戻ってくる。あれはいったい、どうしたことか。ハルヒはまるでゴキブリをつぶすように周防九曜をつぶしてしまったぞ。そんなヤワなやつだったのか、あいつは? 長戸にも匹敵する力を持っていたんじゃないのか?

古泉;周防、すなわち天蓋領域の能力は強大です。しかしここでは、涼宮さんに敵う相手ではなかった、ということでしょう
喜緑:天蓋領域の力は、少なくとも、私以上でした
古泉;敵勢力がどうなったか、わかりますか?
喜緑:天蓋領域は、この世界から完全に消滅しました。この閉鎖空間には、他の閉鎖空間と連結部があります。橘京子他数名の存在が、向こう側の閉鎖空間内部に認められます。なお、連結部は、現在急速に収縮中です56
古泉;ははーん、それでわかりました
キョン:なにが?
古泉;橘京子は、佐々木さんの閉鎖空間に周防九曜を連れ込み、涼宮さんの閉鎖空間との間に連結部を作ったんですね。ここから涼宮さんの閉鎖空間に入り込み、神人を呼び出してこれを捕え、涼宮さんのエネルギーを佐々木さんの世界に転送する、と。そういうねらいだったのでしょう57。危ないところでした

危ない、ねえ。しかし、どういうふうに危なかったんだろう。すべてが終わった今となってみれば、大騒ぎした挙句、ゴキブリ一匹をたたきつぶしたような感じがしないこともない。神人がやったあれは、まさしく、ゴキブリをつぶした程度のことに過ぎない。俺たちは大慌てをしたわけだが、これがそれほど驚くべきことであったのだろうか? 彼らの試みが成功した場合、いったいどういうことになったんだ?

古泉;それはもう、驚くべきことになっていたと思いますよ。われわれのすべてが失われる、といっても過言ではないでしょう。あなたは以前、涼宮さんが普通の女子高生になるという事件に遭遇されたといっていましたね。それがまさに起こる、というわけです。涼宮さんは何の力ももたない、普通の女子高生になり、たぶん僕の超能力も失われるのでしょう58
キョン:で、佐々木がハルヒの代わりを務めるわけだな
古泉;その場合、未来はこれまでの世界の未来とは異なったものになります。過去が改変された以上、未来も変わらざるを得ません。そうなれば、朝比奈さんが元いた世界に戻れるという保証はありません。涼宮さんに関心を抱いていた情報統合思念体も、涼宮さんが力を失った世界に関心をもちつづけるとも思われませんから、長門さんや喜緑さんも、この世界にいつづける意味を失います
キョン:そして、あのいけ好かない未来人も、再登場する、のかな?
古泉;その可能性は十分にありました。あの少年がもう一度襲われ、その試みは、おそらく成功したでしょう。それ以外にも、天蓋領域の力がどのように使われるか、考えるだけでも恐ろしい話です
キョン:つまり、恐ろしく危ないところであった、ということか
古泉;はい、そのとおりです。そしてその危機は去った、というわけです。涼宮さんのおかげでね


【β4】週末が過ぎれば月曜日だ。週末に惰眠をむさぼっていた高校生が憂鬱になるのは当然の報いだが、週末を通して駆けずり回っていた俺たちは、肉体的、精神的疲労がピークに達した状態で、再び未来永劫山の上に石を持ち上げ続ける、あのシーシュボスの神話59のように、いくら勉強してもさっぱり成績が上がらない授業を受けつづけることとなるのだ。

そんな俺たちを尻目に絶好調で俺たちの前に姿をあらわすだろう、と予想されたハルヒだが、なぜか疲れきったようすで教室に現れた。どうしたんだ? 土曜日は大活躍だったじゃないか。
ハルヒ:土曜日のあれは良いのよ。でもやはり、ああいうことは私には向かない60んでしょうね。次の日、悪夢を見たのよ。今でもありありと覚えているわ
キョン:ふーん、でも夢なら良いではないか。夢判断でもしてやろうか
ハルヒ:夢の意味なんて私にだってわかりきっているわ。でも悪夢なのよ、悪夢。それが問題
キョン:で、どんな夢なんだ
ハルヒ:私が紐で縛られているのよ。やったのは、あなたの友達と一緒にいた人。横で喜緑さんがキャーキャーいって怯えているんだけど、体が動かないから助けにいけないじゃない。で、古泉君が紐を切ってくれたわけ。体が動くようになったので、喜緑さんがなんに怯えているのかとみたら、大きなゴキブリが一匹いるのよね。で、新聞紙を丸めてそれを叩き潰した、とそういう夢なんだけど、気味の悪い話よね
キョン:はあ、ごきぶりですか。まあ、夢のことなんか、忘れてしまうんだな
ハルヒ:まあ、そういう夢をみた理由もなんとなくわかるのよね。誘拐事件で気が立っていた、ってこともあるんだけど、有希の部屋の台所にゴキブリ駆除剤が仕掛けてあったのよね。有希らしくないでしょ。で、思ったのよ。このマンションは、ひょっとするとゴキブリが出て、有希の病気もそれが原因なんじゃないかって。だから同じマンションに住んでいる喜緑さんも、ゴキブリには気をつけなくちゃいけないって
勘の鋭い女61だ。ここは適当にごまかしておくしかなかろう。

キョン:はあぁっ? あの長門が、ゴキブリなんかに? そりゃあ、ゴキブリにうろつかれちゃ、罠ぐらい仕掛けるだろうが、あいつに限ってゴキブリにやられるなんて、ちょっと信じられないぞ
ハルヒ:キョン、あんた馬鹿じゃない? 今は夢の話をしているの。有希とゴキブリのどっちが強いか、なんて話をしているんじゃないわ。それからね、あのゴキブリは、たぶん、キョン、あなたのシンボルじゃないか、って気もしたのよ
キョン:俺がゴキブリだって? そりゃああんまりだな
ハルヒ:土曜日の事件の時だって、あんたはあまり役に立たなかったじゃない。そりゃあ、ああいうとき、横に男の人がいるのは多少頼りになるわ。だけど、古泉君が犯人を追い詰めていったのと比べると、月とスッポン以下だわ。おまけに、お友達には変な人がいるし
キョン:古泉の働きがすばらしかったことは、俺も認めよう。俺には真似できん。まあ、古泉が、というよりも、いっしょにいた森さん、新川さんの働きがあってのことだとは思うがね。ハルヒが俺に多くを期待してくれるのはうれしいが、俺は俺、できることしかできないんだな


【β5】昼休み、大急ぎで弁当をかっ込んだ俺は、いそいそと文芸部室に向かった。と、いうのは、例によって下駄箱の中に手紙があったからだ62。もちろんこれは、朝比奈さん(大)からのものに違いなく、そこには「昼休み、部室でお待ちしています」とだけ書かれていた。長門は今日も学校を休んでおり、部室にはだれもいないはずだ。

意外なことに、部室前の廊下に喜緑さんが俺を待っていた。
黄緑:時空の歪が限界に達しています。これ以上の時間旅行には危険が伴います。これは、お守り。長門さんから頼まれました

喜緑さんから渡されたそれは、普通の神社などで売っている、何の変哲もないお守りだ。神頼みとは、あいつらしくもないが、長門のすることなら間違いはなかろうと、俺はありがたくそれを頂いた。

文芸部室のドアをノックすると、中からおなじみの声が帰ってきた。
朝比奈(大):はぁ〜い
そこに立っていたのは、朝比奈さんの成長バージョンだ。しかし、百万ドルの笑顔にかげりがあるのは、俺の目にもはっきりとみえる。

朝比奈(大):ちょっと困った問題がおきてしまいました。一緒に来ていただけませんか?
もちろん、朝比奈さんの頼みであれば、どちらの朝比奈さんだろうが、拒否する理由などあろうはずがない。しかし、ものごとの順序として、俺はそのわけを訊いた。

キョン:いったいどうしたんです?
朝比奈(大):藤原と名乗る未来人が、涼宮さんの邪魔をしようとしています。4年前の七夕です。ここは時空の特異点で、ここに変化があると、歴史は大きく変ってしまいます
キョン:わかりました。いつものあれをやれば良いんですね。パラメータの、微調整63
朝比奈(大):あの未来人が4年前の七夕に時間移動するのは、もう二度目なんですよ。最初は佐々木さんを連れて。それは既定事項だったから良いんですけど、あまり同じ時空点にTPDDを使うと、時空の歪が限界を超えてしまいます。他人のことばかり、いっていられないんですけど
キョン:限界を超えるとどうなるんですか?
朝比奈(大):ビッグバンが起こる、という説もあります。でもこれはただの理論。まだ証明はされていません。たぶん、だいじょうぶでしょう64

朝比奈さん(大)は、恐ろしげなことを気安くいうと、軽くうなずいて俺の手を握り、「いきますよ。目をつむって」という。俺がいうとおりにした直後、例のジェットコースター並の衝撃が俺を襲い、目を開ければ夜。茂みの中に俺と朝比奈さん(大)はいた65

キョン:ここはどこですか?
朝比奈(大):いつもの公園。4年前の七夕です
キョン:前に来た俺たちはどこにいるんですか?
朝比奈(大):もう5分ほどすれば来ます。急がなければ……

ばさばさと茂みを掻き分けて公園に出た俺は、大またで道を急ぐ朝比奈さん(大)を小走りで追いかけた。夜の住宅地に人通りはほとんどない。しばらくいくと、遠くに小さな人影が現れた。あれは俺にも見覚えがある。4年前のハルヒだ。と、俺たちとハルヒのあいだに、人影が割って入り、そいつはハルヒにこういった。

藤原:おい、ちょっと付き合ってもらおう
ハルヒ:なによあんた。ヘンな人と付き合っているヒマはないわ。私は忙しいんだから
藤原:そういうわけにもいかないんだな

ハルヒに手を掛けようとする藤原に朝比奈さん(大)が離れたところから声を掛ける。
朝比奈(大):お待ちなさい
俺もそのとき何か言おうとしていたから、朝比奈さんのすることに異論があるわけではないのだが、藤原と名乗る未来人が顔をしかめてこちらに向き直ったとき、俺は背筋に冷汗が流れるのを感じた。
藤原:またあんたか。外見は成長したようだが、中身は変らんな

藤原のセリフに眉をしかめた朝比奈さんだが、冷静を保ってハルヒに向かっていう。
朝比奈(大):さ、あなたは、お行きなさい
ハルヒは、朝比奈さんの胸を、一瞬、目を丸くして見つめていたが、視線を朝比奈さんの顔に上げると、軽く頭を下げ、するりと俺たちの脇を通って向こうに駆けていった。あいつは俺に気づいたんだろうか? いや、おそらく朝比奈さんの胸に気を取られて66、俺のことなんか、気にもしなかったんだろう。

藤原は、去り行くハルヒの後姿を苦々しげに眺めた後、朝比奈さん(大)に向かって毒づき始めやがった。
藤原:ご本尊のお出ましとは、あんたらも、いよいよ尻に火が着いたかね。既定事項が未定になった、図星だろう。ここで俺の邪魔をして好い気になっているとしたら、あんたらの能天気にもほどがある。あんなガキの一人や二人、どうにだって処分できる。今回はマイルドな手を使ってやるつもりだったが、この先はどうなるか知らんぞ。そのときゃあ、あんたらにも責任の半分はある、ということだな

いったいこいつはハルヒをどうする気だ。前にも、朝比奈さんの誘導で、俺はタイムマシンを発明するはずの少年が轢き殺されそうになるのを防いだことがあるのだが、あれをやったのもこいつらの仕業である可能性が高い。と、いうことは、次はハルヒの命を奪おうということか。

朝比奈さん(大)がどうするかと目をやると、肩を震わせている。朝比奈さんのうしろにいる俺からは、朝比奈さんの顔は見えないのだが、泣き出してしまったのかもしれない。ますますこいつは許せない奴だ。俺は後先を考えずに、前に飛び出した。こうなれば、理屈も常識も、くそくらえだ。

キョン:能書きはそのへんにしやがれ、馬鹿野郎

俺は格闘技に自信があるわけではないが、平均的レベルからみれば、谷口流評価でAランクマイナス程度の力はあろう。こいつの実力がどれほどのものかは知らんが、人間の体力は時代とともに低下している、という統計データをどこかで見た記憶があるし、時間旅行者は武器の携帯は厳禁67、などという知識も頭の片隅にはある。だいいち、朝比奈さんのこれを見たら、勝算などに関係なく、放ってはおけないではないか。

柔道スタイルでじりじりと近づく俺の目に、藤原がこぶしを握るのが見えた。こいつの得意技は殴り合い、ボクシングスタイルか。ならば転ばせて、押さえつけて、ぼこぼこにしてやるまでさ、と俺はフットボールのタックル風に攻めることとした。以前ハルヒが気まぐれで「サッカーとアメフト、どっちがいい?68」などと言い出したこともあって、この似て非なるスポーツの基礎を、俺は双方一通り研究済みだ。

突進を始めつつも、しっかりと藤原をとらえていた俺の目に、藤原の腰が引けるのがみえた。顔の薄笑いは引きつっているようにもみえる。これならいける。俺は藤原の腰にタックルした。案の定、藤原はどうと倒れこんだ……

のだが、その瞬間、あたりの景色が消え、ぐるぐると回り始めた。ジェットコースター並のGが感じられる。さては、こいつ、TPDDを作動させたな。これはいったいどういうことになるんだ?

とにかく、こいつから離れたらとんでもないことになりかねない。俺は、藤原のベルトを必死に握り締めた。回転はますます速くなり、俺と藤原の体は俺の腕一本でつながって回転し続ける。

そのとき、ぶちっという音がして、俺の手ごたえがなくなった。ズボンはしっかり握っているのだが、中の藤原が消えてしまった。そのズボンだけを後生大事に握り締めながら、俺の体はいずこへと知れず落下していく。思わず俺の口から悲鳴が漏れた。

キョン:うわー!

どさ、っと俺の体はどこかに落ちた。それほどのショックもない。仰向けに横になった俺の目の前に、天井が見える。俺はどこから落ちてきたんだろうか? 起き上がった俺の手の下は畳。俺のいるところは、小奇麗な日本間だ。この光景は、どこかで見たことがある。と、ふすまが静かに開いた。そこに現れたのは、なんと、長門だ。

長門:ピックアップ完了
キョン:長門か? ここはお前の部屋か? 体は大丈夫なのか? お前が助けてくれたのか? どうやって? 朝比奈さんはどこだ?
長門:最初の4つの質問の答えはイエス。5番目はお守り。最後の質問の答えは、ここ。朝比奈みくるの異時間同位体は45分前からここにいる
キョン:そんな前からか? そんな長いこと、俺はあれをやっていたのか? で、お守り? なんだそりゃあ
長門:あなたが時間平面外空間に存在した時間は3分15秒。時間の進み方がこことは違う。お守りはリピーター。これを頼りにあなたの居場所を把握して、ここに転送した

小柄な長門の後に、朝比奈さん(大)の姿が見えた。畳に尻餅をついたような姿で長門とやり取りをしていた俺は、この格好は少々いただけないことに気づき、立ち上がった。少々ふらふらするが、そんなことをいっている場合ではない。

そのとき、俺は手に握り締めているものに気づいた。藤原のズボンだ。どうしましょう、これ。
朝比奈(大);そんなものは捨ててしまって構いません

そういわれて改めてズボンを眺めた俺は、尻ポケットが膨らんでいることに気付いた。何が入っているんだろう。ズボンは捨てるにしたって、貴重品は、一応、保管しといてやらにゃあなるまい。無断で捨てたりしたら、あとで何を言われるかわからないからな。

入っていたのは札入れだ。中を開く俺の手元を覗き込んだ朝比奈さんは、あっ、と小さく声を上げると、それを取り上げて中を改め始めた。

朝比奈(大);これは大変なものを手に入れましたね。キョン君、お手柄です
キョン:なんでしょうか、それは
朝比奈(大);これは、TPDDのライセンス。ただの書類ではありません。これがなければ、あの未来人は時間移動ができません。ライセンスナンバーもわかります。TPDDの不正使用は重罪ですから、おそらくライセンス剥奪になると思いますよ。だから、あの人には、もう、こんなことは出来ません

それはそれは。それでは、ハルヒが改めて襲われることもないのですね。それにしてもあいつもどじな奴だ。俺を振り切ろうと、こういう貴重品の入ったズボンを脱いでしまうとはな。

朝比奈(大);それ、前が切れてます。キョン君が強く引っ張ったから、ズボンが破れて脱げてしまったんじゃないでしょうか? それにしても、あの色男が、傑作ですね
キョン:そういうことか。敵ながら、お気の毒なことだな。いい加減なところで、離してやりゃあ良かったかな?
朝比奈(大);そういう生易しいことではいけません。下手をすれば、涼宮さんが殺されるところだったんですよ。そんなことになったら、人類の歴史に、どんな変化がおきていたかわかりません。私は未来に帰ったら、この件を、きちんと処置します

長門の「お茶、飲む?」の言葉で、俺たちは居間のコタツに移動した。あの立ち回りで、俺はすっかりのどが渇いていることに気づいた。お茶をいただけるとはありがたい。

しかし、朝比奈さんは時間を気にしている69。どうせ、タイムマシンで帰るのだから、いくらここにいたって良さそうなものだが、一刻も早くあの証拠品で未来人藤原をとっちめてやりたい、という気持ちはわからんでもない。

それにしても朝比奈さん(大)は、あれから一人で長門のマンションに来たわけだ。ここにいたということは、そうしたとしか考えられない。あれほど長門と二人でいることを嫌っていた朝比奈さんが、よく、一人でここに来てくれたものだ。

朝比奈さん(大)がそうした理由は一つしか考えられない。それは、俺の救助を長門に要請するためだ。確かに俺は長門にもらったお守り、この時間の長門に言わせればリピーター、をもっていたのだが、それは4年後の長門しか知らない話であって、この時点での長門が知る由もない。長門が俺をピックアップしてくれたのは、すべて、朝比奈さん(大)が、事情を長門に話してくれたためだろう。何という大きな借りを、俺は、朝比奈さんにこさえてしまったのだろうか。

長門が口を開いた。
長門:靴、持って帰って70
朝比奈(大):ああ、そうでした。今回は、忘れません。って、あれっ?
長門:次にここに来るあなたは、37分後、靴を忘れてここから帰る。これは既定事項。その靴を、この時間平面に転送してある
朝比奈(大):それはご丁寧にありがとうございます

お茶を飲んだ俺が人心地を取り戻したところで、俺たちは元の時代に引き上げた。いろいろあったけど、佐々木はあの連中ときっぱり縁を切ると言ってくれたし、どれほどの力を持つか未知数であった天蓋領域、周防九曜はハルヒにあっさりと潰されて存在すら消えてしまった。いけ好かない未来人の自称藤原は、朝比奈さん(大)のいうことが正しければライセンス剥奪と、さしあたりの問題はすべて解決したはずだ。


【β6】翌日の昼休み、長門が学校に来ている、という話を聞き込んだ俺は、弁当片手に文芸部室に向かった。長門とは積もる話もあるからなあ。文芸部室には、分厚い本を読んでいる長門がいて、俺は見慣れた光景に安堵感をおぼえた。

キョン:よう、もう体、大丈夫なのか?
長門:昨日から
キョン:これ、ありがとうよ。おかげで助かった。かえしておこうか?
と、俺は長門からもらったお守りを取り出したが、長門はわずかに首を振って、俺の申し出でを否定した。
長門:あなたが持っていて

キョン:なあ、長門。結局、藤原の野望はついえ去り、天蓋領域はハルヒに潰され、佐々木さんは橘京子の申し出でを断ると言ってくれた。長門の体も治ったし、今回の事件は解決、めでたしめでたし、なんじゃないかね

俺は、確認の意味で長門に問いかけた。「そう」くらいの短い応えが返ってくるものと俺は期待していたのだが、返ってきた長門の言葉は、予想外のものだった。

長門;そして、ハルヒはキョンと、幸せに暮らしました、とさ
キョン:……。なあ、長門。おまえ、冗談下手だぞ。もう少し勉強しろ
長門:そうする


【α1】SOS団に入団希望者が殺到するという、良いことなのか悪いことなのか良くわからない出来事があった翌日、授業が終ると、即、俺とハルヒは部室に直行した。驚くべきことに、そこには、入団希望者が11人、既に雁首そろえて待っていた。新入生は授業が早く終ったのだろうか。

ハルヒ:感心じゃない。根性があるって、大事なことなのよ。今日来なければ、即、失格だったんだからね。でも、悪いけどSOS団は、根性だけでは駄目なの。これぞ、という冴えをみせなくちゃね。で、そのチャンスを私が提供してあげる。まだ裏返しちゃ駄目だからね

そういうと、ハルヒはカバンから大判の封筒を取り出すと、中の紙を新入団員に配り始めた。これが例の筆記試験、というものか。どんな問題をこさえたんだ? ハルヒは。

ハルヒ:それじゃあ始めてください。時間は、そうねえ、30分でどうかしら
試験時間ぐらい、最初から考えておけ。
ハルヒ:キョン、もう、これは秘密じゃないわ。あなたも解いてみる? ま、止めておいたほうが良いかもしれないけど? 新入団員よりも成績が悪かったら、困ったことになるわよねえ

などといいながらハルヒは俺に一枚の紙を渡した。まあ、これ以上困るような状況は、ちょっと考えられないわけで、俺は心配もせずに、紙に目を通した。

なになに、「あなたがSOS団に入団を希望した理由とSOS団でやりたいこと」とね。えらく常識的な設問だな、ハルヒにしては。で、俺の答えは簡単だ。入団した理由は、ハルヒに引きずり込まれたから。別に希望などしたわけじゃないが。で、SOS団でやりたいことは、朝比奈、長門の両名にハルヒの危害が及ばないようにすることだ。まあ、そんなことを書いたりしようものなら、まず、ハルヒに大きなばってんを入れられるのは火を見るよりも明らかだがね。

次の問題。「タイムマシンで過去に時間旅行して自分の親を殺したらどうなるか、というタイムマシンパラドックスに、適切な解を与えなさい」ですか。まあ、タイムマシンはあるわけだから、その存在に何のパラドックスもあるわけがない。ブレーン・ディストロイド・デバイス71、だったかな?

で、親を殺す、とね。単に歴史が変わるだけじゃないのかね。そんな話は、これまでさんざんしてきたから俺は驚きはしないが。まあ、正解は、俺みたいな奴がいて、話の筋を通るようにする、ということなんだろうが、これは、ハルヒには教えるわけにもいかない。ここは、古泉流に、世界が二つに分かれた、などといってお茶を濁すのが正解かな?

ハルヒ:正解。キョン、あんたやるじゃない。でも、試験会場でブツブツと正解を呟くのは、入団試験業務妨害以外の何ものでもないわ。ちょっと静かにしていなさい

あ、これはすいませんと、素直に謝って、次の問題に目を移す。「平凡の原則に基づく『宇宙に他の知的生命体は存在しない』とする別掲72の証明を平凡の原則によって否定しなさい」ですか。こんなことが証明されていたとはまた驚きだが、同じ原理で否定できるとは、これまた謎だ。まあ、神の存在証明、などというものは、過去に何度も行われてきたわけで、それに類するものがあったところで何の不思議もない。

ハルヒ:キョン、あんた第3問はわかった? あ、ちょっと待ちなさい
平凡の原則、だろう……」と口を開きかけた俺のネクタイを引っつかむと、部室の外まで俺を引きずり出し、ハルヒはこういった。
ハルヒ:馬鹿ねえ、答えをしゃべったりしちゃ駄目じゃない。で、わかったの?
キョン:お前が聞いたんじゃないか、部室の中で。で、答えはだなあ、俺は凡人だと自覚しているが、その意味は、俺と同じような人間がそこいらじゅうにいるということだ。だから、平凡な原理、などというものがもし成り立っているとすれば、人類と同じような存在がそこいらじゅうにいる、ということになる。違うか?
ハルヒ:驚いたわねえ。それが正解。やはり、あんたは私が見込んだだけのことはある。SOS団の団員一号。この称号は、おそらく永遠にあなたのものよ
それは光栄に存じます、閣下、というべきところだろうか? そんな称号をもらったところで、別にありがたいわけもないのだが。

そんなこんなをしているうちに、30分という時間が経過して、試験時間は終了。ハルヒは答案を集めると、新入団希望者達に「今日はこれまで」といって、彼らを帰した。

団長席にふんぞり返って、ハルヒは答案をチェックする。ま、たったの11人だから、採点はすぐにも終るだろう。しかし、ハルヒは考え込んでいる。

ハルヒ:この、吉村真由美、って子、これどう思う? 第二問と第三問の答えはキョンよりも少しまし。特に第二問は、分裂世界解釈に加えて、「親は謎の人物(異世界からの来訪者)によって殺されたことになる」なんて書いたのはすごいと思うわ。だけど、第一問の心構えが全然駄目。SOS団に入団を希望した理由は「たまたま」、やりたいことは「特にありません」って、これなあに? やる気のかけらも感じられないわ
キョン:他の奴等はどうなんだ? 少しくらい、やる気のある奴もいるだろう
ハルヒ:それが全然駄目。タイムマシンは、パラドックス以前に、アインシュタインの原理によって否定されている73、とかね。SOS団の活動目的の一つに、未来人を見つけて遊ぶこと、ってのが入っていることぐらい、知らないのかしら
俺はハルヒの判断には激しく同意するが、その回答を書いた奴にも同情を禁じえない。常識があれば、そんな書き方をするしかないからなあ。しかし、この世界は常識どおりにできているわけではない。

結局ハルヒは、さんざん逡巡した後、全員を不合格にすることに決めた。筆記試験で合格者がいれば、実技試験をする、という段取りだったのだろうが、筆記試験で全員不合格なのだからしょうがない。その実技試験がなんであるかは、最後までハルヒは教えてくれなかったのだが、ひょっとするとそれは、コスプレであったのかも知れず、そういう意味では、ちょっと残念な気がしないこともない。

部室を後にする前に、ハルヒはドアの外側に張り紙をした。そこには、こう書いてある。

入団試験合格者

該当者なし

ハルヒは、ビラを貼り終えると、つまらなそうに俺たちにいった。
ハルヒ:あの新入生たち、明日も私たちより先にきちゃうかもしれないじゃない。待たせたりしたら、いちいち説明するのも面倒だわ
ハルヒには、新団員勧誘という、SOS団の新学期最初の活動課題は、もはや過去のものとなってしまったようだ。

ハルヒが気にしていた吉村真由美と名乗る新入生は、なんとなく俺に気があった、という気がしないでもない。ちらちらと俺のほうを見ていたしな。ま、俺と見比べるように、古泉のほうに視線を走らせていたこともまた事実なのだが、こういういわくいい難い感覚というものは、人類が地上に誕生して以来身につけた能力、といったものではないのかね。

などと、どうでも良いことを考えながら、俺は下校のプロセスを忠実にこなした。なぜか下駄箱のあたりで、谷口、国木田と一緒になった俺は、当然の帰結として、ともに坂道を下ることとなった。これは別に珍しい話でもなんでもない。しかしこのとき、下駄箱前にはもう一人の人物がいて、そいつと一緒に下校することになったのは、少々異例のことである。

その人物は、SOS団に入団を希望した新入生で、俺も気にしていた吉村真由美だ。しかし、彼女が俺に何か気があるようだと感じたのは、全くの誤解であったようで、彼女は谷口と国木田の積極的なアプローチに対する受け答えに終始して、俺のことなど全く眼中にないようだ。

こうして、平和な高校生活の一場面を演じながら下校する俺たちの背後に、ハルヒの影がちらついていることなど、そのときの俺には気がつく由もなかった。気がついていたら、あんなことは、するはずがない。

駅前で俺は谷口、国木田と別れた。吉村真由美と名乗る少女は、谷口たちの立ち去る姿を見送りながら、俺に向かってこういった。

真由美:あ、そうだ。今日はどうもありがとうございました。
キョン:残念だったな。不合格で。でもなかなかいい線いってたぞ
真由美:あれは構わないんです。どうせSOS団には入るつもりはありませんでしたから
キョン:なら、なんであんなところにいたんだ?
真由美:たまたま通りかかったら、部室の中に案内されちゃいました74
キョン:たまたまって、えらい偶然だな、そりゃ
真由美;えへへ、実は先輩のあとをつけていたんです。妹から先輩のお話をうかがっていましたので、普段なにをしているのかって、ちょっと興味がありましたから
キョン:そりゃ、油断も隙もないな。あ、電話をかけてきたのも君か
真由美:はい、もちろん。あれ? 今までわからなかったんですかぁ?
キョン:(何をこいつはいいたいんだ?)
ミヨキチ:あ、おねえちゃ〜ん
真由美:あれ、あんたどうしてここに
キョン:おやっ? 君は。そうか、ミヨキチのお姉さんだったのか75。そういえばどこかでお会いしていたな
ミヨキチ;へへっ。あ、このあいだはどうもありがとうございました。また、映画、連れてってくださいね76
キョン:また今度な

そんな会話の後、俺はミヨキチ姉妹と別れ、家路へと向かおうとしたのだが、そこにはなんと、橘京子が待ち構えていた。彼女は俺の腕を引っつかむと、有無をいわさず、俺を目の前の喫茶店に連れ込んだ。

彼女は、俺を従えて奥のボックス席に陣取った。そして、たまたま近くにいたウエイトレスに「コーヒー二つ」というと、俺があーもうーもいう前に、こう切り出した

京子:お話しは佐々木さんから聞かれているかと思いますけど77、お受けいただけますでしょうか?
キョン:え? えーと、何の話でしょうか?
京子:私たちは、涼宮さんがあのような力を持つのは間違いであった、と考えています。これはご存知ですよね
キョン:つまり、古泉の組織とは敵対関係にある、ということですね
えーい、いまいましい。なんでこんな奴と会話をせにゃならんのだね? しかし、こいつは嬉しそうにいう。
京子:はい、そうですぅ。で、本来あの力を持つのは、あなたである、と考えています
キョン:え? 俺が? ハルヒの力を持つ? 冗談いっちゃいけません
京子:いいえ、私たちは本気です。涼宮さんがあの力を持つようになったのは、情報爆発のため。校庭に全宇宙に向けたメッセージを書いたから、とされているのですが、それを書いたのは、本当は、あなた

目が点になる、という言葉があるが、そのときの俺の目は、多分、点になっていただろう。自分じゃ見えないのが残念だが。あまりの話に俺は一瞬言葉を失った。

そう、あれは4年前の七夕の日、朝比奈さんに連れ出されてハルヒの落書きの手伝いをする羽目になったのだ。思い起こせば、ライン引きを持って校庭を駆けずり回ったのは俺だった。ハルヒの命令にしたがってな78。この関係は、今だって、何一つ変っていないのだが。

京子:思い出していただけましたか。さらに、周防さんの情報では、涼宮さんに力を注入したのもあなただ、ということです。これには心当たりはありませんか?

ハルヒに力を注入? そんなことを俺がするはずがない。するはずはない、のだが、長門の世界改変を元に戻したとき、俺がやったこと79は、まさしく、ハルヒの力をハルヒに取り戻させたのだったよなあ。しかしあれは、俺が持つべき力ではなく、ハルヒが持つべき力だったはずだが……

京子:思い出していただけたんですね。あなたが力を持つべき人である、という証拠は、あなたに閉鎖空間があることから、当然であるといえます。私たちはそのことに4年前に気づきました。そう、あなたが情報爆発を惹き起こしたときに
キョン:閉鎖空間? そんなものが俺にもありましたか。それって、背後霊みたいに、誰にでもあるものなんじゃあないですか?
京子:いいえ、これを元からもっているのはあなただけ。涼宮さんの閉鎖空間は、あなたが与えたものです。あなたが自分のあるべき姿に最初から気づいていれば、そんなことはする必要がありませんでした
キョン:ちょっと待てよ。俺の認識では、そうではなくてだな……

橘京子と名乗るこの女が、何かとんでもない誤解をしていることは明らかだ。俺がハルヒに力を注入? あれは、長門の誤動作によって生じた事態を元に戻しただけなのだが、敵方の人物に、そんなことを教えてやるいわれはない。さて、こいつにどう話せば良いものか。

京子:百聞は一見にしかず、です。手を出して、目を閉じてください
キョン:これでいいのか?
俺がそういうと、橘京子は突然、テーブルの上に置いた俺の手を握り締めた。うっ、冷たい手だな。
京子:もう目を開けて構いません

目を開けた俺たちは、さっきまでいた喫茶店の店内とはまったく別の場所にいた。どこまでも広がる黄色い砂漠。気温は高くもなく、低くもなく、風は吹いていないわけではないが不快なほどではない。この光景、俺は突然気がついた。何が俺の閉鎖空間だね。これは、あれではないか。

キョン:おいおい、これは、コンピ研部長を探して迷い込んだのと同じ、砂漠80、ではないか。次元の、うーん、なんだったかな?
京子:あなたのいっているのは次元断層のことですね。でもこれは閉鎖空間

そういうと、京子は空を指差した。空の色は、青は青でも、パステルカラーというか、不透明感のある青で、確かに閉鎖空間、という感じがする。コンピ研部長のワンルームマンションから入り込んだ世界の空は、これほど濁った色ではなく、自然な空の色だった。

京子:違いがおわかりになりましたか? 次元断層も、閉鎖空間も、それを生み出すきっかけとなった人の心象世界を反映したものになるんですよ81。だから、男子高生の心象世界は、みな似通っている、ということではないでしょうか
キョン:それにしても何にもないな、俺の世界。あ、この世界って、とんでもない奴がでるんじゃないか? たしか、カマドウマをでかくしたような……
京子:大丈夫です。ここには、あなたに害をなすものは存在しません。だいいち、あなたが神なんだから、何も恐れることはないんですよ。涼宮さんのあれをみたことがあるでしょう?
キョン:神人か。そりゃあ無敵かもしれないが……。いや、そうではない。神人になった俺を京子さんたちが狩る、というわけか。俺は嫌だね、そんなの
京子:あなたが閉鎖空間を広げなければ、私たちはそんなことをする必要はありません。さて、あまり長い時間こちらにいると怪しまれますから

そういうと、京子はまた俺の手を握り、目を閉じるようにいう。いつまでもこんなところにいるつもりのない俺は、不本意ながら目を閉じた。

京子:もう、目を開けてもいいですよ
目を開けると俺たちは元の喫茶店にいた。こいつが次に持ち出すのはどんなトンデモ話か、と俺が身構えていると、京子はなぜか態度を急変して、こういった。
京子:私帰ります。お話はまた今度。そのときは、他の方々にもご紹介いたします
そういうと橘京子は伝票を引っつかんで席を立った。急に、どうしたんだろう、と俺は京子の後姿を眼で追っていた。京子がレジの前に立ったとき、視界右半分が、何かぼやけたもので遮られた。当然のことながら、俺はその邪魔者が何か気になったのだが、それが何者であるかに気づいた瞬間、俺はこの世界の終わりを確信した。何ということか。涼宮ハルヒが、そこにいた。82

ハルヒ:ふっふーん。あんた、やってくれるじゃない。手なんか握っちゃったりして。で、だれが本命なの? あの子? 幼友達の佐々木さん? 入団希望の新入生? 映画につれてったっていう美少女かな? あれ、姉妹なのよねえ。凄いことやるじゃない。そういえばキョンはみくるちゃんといちゃついてたこと83もあったわねえ。神聖な部室をなんと心得ているのかしら?
キョン:いや、これはだなあ……(なんとかなりますように、なんとかなりますように)
ハルヒ:ま、別に私はあんたなんかにゃ興味がないからいいわ。でも、女って怖いんだから。それだけは覚えておきなさい
キョン:それはもう、充分に


【α2】翌日の放課後、俺は部室で針のムシロに腰をかけている。昨日のあれは、どう考えてもまずかったよなあ。特に、手を握っているところを目撃されたのがまずい。その前の話は、聞かれていなかったはずだが、聞かれていなかった、と思いたい。なあ、古泉。手を握る以外に、一般人を閉鎖空間に連れて行く手立てはないのかな? あるのなら教えて欲しい。

古泉:僕は知りません。涼宮さんにお願いすれば、教えていただけるかも知れませんよ
キョン:で・き・る・か
みくる:あのー、涼宮さん、どうしたんでしょう。なんか、すごく機嫌が宜しいのですが
ハルヒ:ふ〜ん、みくるちゃん、気がついた? この世の不思議〜ぃ、私は一つ発見したのよ。それが何かは、秘密、だけどね
みくる:え〜! なんですか、それ。気になりますぅ
ハルヒ:秘密だといってんでしょ。もうじきSOS団創立1周年になるんだから、それまでに各自、少なくとも一つは、この世の不思議を発見すること。これはノルマ、できなきゃ罰金だからね

俺は、ハルヒの目を気にしながら、小声で古泉に聞いた。
キョン:ところで一つ相談したいことがあるんだが、あとで話に乗ってくれないか
古泉:涼宮さんがらみで?
キョン:いいや、あいつにゃあ、全く関係のない話だ

そのとき突然ハルヒが立ち上がった。何かまずい展開となるのではないか、と内心恐れていた俺だったが、ハルヒは予想外の行動にでた
ハルヒ:みくるちゃん、一緒に先に帰りましょ
みくる:え? なんでですか?
ハルヒ:武士の情けよ。ついでに面白い話も聞かせてあげるわ

ハルヒに武士の情けなどというものがあろうなどということは、そのときはじめて聞いたのだが、先に帰ってくれるとはありがたい。朝比奈さんの着替えを廊下で待つことしばし、ハルヒに拉致されるように去っていく朝比奈さんの後姿を網膜に焼き付けてから、俺たちは部室に戻った。長門は何事もなかったように本を読み続けている。長門にも、聞いといてもらったほうが良いだろう。

古泉:さあて、ご相談とはなんでしょう
キョン:昨日、橘京子と名乗る女と会った。古泉たちと敵対する超能力者のな。で頼みごとをされたんだが、それで困っているんだ
古泉:動き出しましたね、彼等も。まあ、こうなるであろうことは予想していましたが。で、あなたの頼まれたことは、佐々木さんの説得、ちがいますか?
キョン:佐々木? いーや、そんな話は出なかったぞ。何で俺が佐々木を説得しなければいけないんだ?
古泉:彼らは、涼宮さん以外の第三者を神のごとき存在として崇めようとしている、ということは以前ご説明しましたけど、それが誰であるかまでは、機関は掌握していません。しかし、このところ、橘京子と佐々木さんが蜜に接触してまして、彼女がそれである、という可能性が急上昇しているんですよ
キョン:それがな、橘京子は、「力を持つべきであるのは、涼宮ハルヒではなく、なんとこの俺だ」というんだ

この情報は、さすがの古泉にも意外だったらしく、しばし考え込んでしまった。

古泉:……。これは驚きましたねえ。そういうことでしたか。そうなりますと、佐々木さんは「あちらにとってのあなた」ということになりますね。確かに、その可能性もありえました。機関も、少々、考えが足りませんでしたね。しかしまた、何であなたなんですか?
キョン:宇宙人へのメッセージを書いたのも俺、ハルヒに力を注入したのも俺、なんだそうだ
古泉:それは本当ですか? 長門さん、これをどう考えますか?
長門:涼宮ハルヒにパワーを再注入したのは私。でも、それを依頼したのはあなた。メッセージは、涼宮ハルヒが命令し、あなたが書いた
キョン:しかし、長門がパワーを奪ったのはハルヒからだろう? だからハルヒに返した。このどこが悪い
長門:あのときの私は異常動作中。誰からパワーを奪ったか、という情報は、把握していない

古泉は、とみると、あごに手を当てて考え込んでいるようだ。時々ちらちらと俺に目をやるのは、ひょっとすると俺がおかしなことを始めるんじゃないか、と心配しているのか? 確かにハルヒの俺や朝比奈さんに対する暴虐非道ぶりは目に余るものではあった。しかし、あの橘京子や未来人の誘いに、ほいほいと乗るほど、俺は落ちてはおらんぞ

古泉:あなたのことは信頼していますとも。あなたと涼宮さんの、理想的ともいうべき関係84もね
長門:彼らの言い分にも一理ある
古泉:確かにそうです。あの全宇宙へのメッセージを、涼宮さんは書けと命じた。あなたが書いた。どちらが主役にもなりえます。しかし、アメリカ大陸を発見したのは、コロンブスでしょうか、見張りの船員でしょうか
長門:そういう問題ではない
古泉:これはたとえ話ですよ
キョン:たとえ話は止めとけ。話がわからなくなる85
古泉:確かに、過去の情報だけから考えれば、本来力を持つべきなのは、あなたであるのか、涼宮さんであるのかは5分5分でしょう。しかし、我々が持っているのは、過去の情報だけではありません。我々は未来の情報も知りえる立場にあるのですね
キョン:預言者か、おまえは
古泉:朝比奈さんですよ。彼女は未来から来ました。涼宮ハルヒを監視するため86。藤原と名乗る男も未来からやってきて、おそらくあなたに力がある歴史が正しい、と主張するでしょう。しかし、彼は歴史の改変を狙っているのですね。となれば、どちらが力を持つことが正しいことであるのか、歴史が証明している、といっても良いでしょう

ふむ。考えるまでもない。俺が橘京子の誘いにうかうかと乗れば、朝比奈さんは帰る未来を失うし、下手をすればあのいけ好かない未来人、自称藤原がこの世界に大手を振ってのさばることになる。そもそも、俺にハルヒのまねができるわけもなく、できたところで、したいわけでもない。ハルヒの理不尽な要求で駆けずりまわされることは、確かに災難であるともいえるが、これがなくなることなど、俺は決して望んでなどいない。これだけは、俺は自信を持っていえる87

古泉:しかし、あなたとはね
古泉の顔に笑みがこぼれるのを目ざとく見つけて、俺は少々気を悪くした。
キョン:おい、なんかおかしいか? 俺で
古泉:いえいえ、これは機関にとってもこの上ないグッドニュースなんですよ。あなたは連中の誘いに乗るはずがない。従って、機関に敵対する勢力の野望はついえ去ったも同然です。最初から何も心配することはなかったんですね


二つの過去を持つ男88、なんて話は聞いたこともないが、今の俺がまさにそうだ。いったいどっちの過去が正しいのだろうか? 他の人間にとっては、どうなってんだろうか。

などと考えながら、学校に向かう果てしない坂道を歩いていると、後から谷口がやってきた。
谷口:よう、キョン
キョン:なんだ、お前か
谷口:今度の週末は暇か? ちょっとハイキングでもしようかと思ってな
キョン:わからん。週末はなぜか突然用事ができることが多い。多分、暇なんてない、と思うがな
谷口:涼宮の相手か? お前も因果な人生を送っているなあ89
キョン:余計なお世話だ。ほっとけ
谷口:ハイキングのメンバーは、俺と国木田、それからキョンの妹の友達の姉さん、つまりは、新入生の吉村真由美とその友達2名。AランクプラスからAAランクマイナス、ってとこかな。良い友達を持っていて良かったよ。お前が来てくれると、バランスも取れたんだが、まあ、そこいらへんは、なんとかするさ。暇なようなら連絡してくれ

そりゃ良かったな。まあ、俺の評判を落とさん程度に、頑張ってくれ。と、いうことは、新入団希望者殺到で全員不合格、というのが正史か。まあ、あの橘京子という女の誘いはきっぱりと断ったから、おかしなことになっているはずはないのだが。

昼休み、俺は弁当を引っつかむと、文芸部室に向かった。案の定90、そこには長門がいて、分厚い本を読んでいる。

キョン:なあ、長門、ちょっと良いか?
長門:かまわない
キョン:昨日まで、少々異常なことが起こっていたように俺には思えるんだが、どういうことなんだ? これは
長門:あなたの理解が正しい。世界は二つに分裂した
キョン:どうしてそんなことになったんだ?
長門:涼宮ハルヒが、あい矛盾する二つの願望を持ったため91
キョン:SOS団の新入団員のことか
長門:そう。増やしたいと思うと同時に、増えて欲しくない、と考えた
キョン:で、一つに戻ったのは、全員を不合格にしたからか
長門:そう。涼宮ハルヒにとって、美味しい歴史が正史になった
キョン:むちゃくちゃな奴だなあ
長門:涼宮ハルヒは、最初からむちゃくちゃ

これは長門流の冗談なのだよなあ。長門にも、他人に冗談だと判るような冗談がいえるようになったのは、格段の進歩、といえるだろう92。しかし、あの話がどちらも正しいとなると、俺や佐々木にも、ハルヒの代わりが務まるような、特殊な属性があったということか? 古泉は、どこからどうみても一般人、といっていたが93

長門:あなたと佐々木はバックアップ94。橘京子に気づかれたのは想定外。4年前の七夕は、時空の歪が極限に達していた。そこに佐々木とあなたが現れたのが原因
キョン:バックアップ、だと? それを長門、お前がやったのか?
長門:構成情報の修復は、必ずしも元の形に戻るとは限らない。朝倉涼子のときは、メガネ95

長門のこの言葉を聞いた俺は、ふと、不吉な可能性に思いあたった。このめちゃくちゃな世界を作ってしまったのは、ひょっとすると俺たちだったんじゃないか、って可能性だ。

まさかそんなことはないと思うが、念のため、俺は長門に確認した。

キョン:その構成情報の修復とやらは、大体は元の形に戻るのだよなあ。全くの自由ということではないのだよな
長門:全くの自由
キョン:つまり、あの異常なパワーを持っていたのが、本来はハルヒではなかったが、お前がハルヒに戻してしまった、という可能性もあるのか?
長門:涼宮ハルヒがパワーを持っていたことは歴史的事実。パワーを戻した相手は、その1年前96の涼宮ハルヒ。だから間違いはない

つまりはこういうことか。異常動作を起こした長門は、昨年の12月に涼宮ハルヒのパワーを奪った。それを俺たちが元に戻した、つまり、その1年前の涼宮ハルヒにパワーを与えた、ということだよな。

と、いうことは、それ以前のハルヒが、普通の人間であったとしても、あの騒動の結果ハルヒが異常な力を持つようになった、ということもありえる、ということだな。それをやったのは長門だ。もちろん、俺がやろうとしていたことだから、責任は俺にあるのだが。

キョン:ひょっとすると俺たちは、とんでもないことをしてしまったんじゃないのか?

古泉:まあいいじゃないですか。これが我々の世界なんですから
キョン:なんだ、お前もいたのか。いつの間に
長門:バックアップの存在は秘密
古泉:もうバレバレですよ。我々の機関も、佐々木さんのことは以前から気づいていました。まさか、あなたまでも、とは思いもしませんでしたが。でも、あなたは別の理由で監視対象になっていましたから、好都合、といえるでしょう
キョン:しかし、世界というものは、そんないい加減なことで良いのか?
古泉:我々は、世界は4年前に涼宮さんによって創造された、という可能性を考えていました。そして、その世界を守ろうとね97
キョン:それは前にも聞いたな
古泉:その世界の創造に、あなたや長門さんが一枚かんでいたとしても、さほど違いがあるとはいえません。この世界は特別なんです。我々の生きる世界は、これしかない、という意味でね。

あなたにとって、あなたの人生は特別なものである、ということと同じなんですよ

fin


と、いうわけで、「涼宮ハルヒの分裂」の解決編「涼宮ハルヒの驚愕」を推理するという、このミステリーにおけます「犯人の開示」ならぬ「解決編の開示」は以上で終わりです。

通常のミステリーであれば、これから探偵は、そのような推理に至った理由について説明するところなのですが、これまでに書きました内容を読んでいただければ、SOS団の団員、ハルヒスト、ハルヒャンの方々には、すべての理由をお見通しでしょう。

とはいえ、推理の理由を全く述べないのも片手落ちですので、「『涼宮ハルヒの驚愕』を推理する/根拠」なる文書をアップロードしておきました。ご興味のある方はこちらを御覧ください。また、本文中の文言、小物その他がなぜそうであるのかという説明につきましては、注釈(annotation:アノテーション)に記載いたしましたので、ご興味のある方はグレーの上付き数字0をクリックしてください。 議論は、これまでブログで行ってまいりました。これらの文書にご意見などがおありでしたら、ブログの記事にコメントをつけるか、掲示板に書き込みをされるようにお願いいたします。

さて、この推理の前提となりますのは、「分裂」までの段階で、すべての証拠が提示されていること、という、ミステリーであれば当然守らなければならない約束事が守られていることが条件となります。

しかしながら、実際問題といたしまして、「分裂」は、ミステリー「失われた驚愕/事件編」として提示されたものではなく、もちろん「エイプリルフールの引っ掛け」などでもなく、純然たるライトノベルズの一巻として出版されたものと思われます。

従いまして、この推理は全く的を外している、という可能性もゼロではなく、「犯人の告白」に相当いたします、谷川流版の「涼宮ハルヒの驚愕」が今後出版されました暁には、その内容がこの推理と相当に異なる可能性を秘めている、ということもまた事実です。

これをお読みの皆様におかれましては、谷川流版の「涼宮ハルヒの驚愕」が出版されました際には、「あ、あれ、もう、ネットで読んじゃったからいいや」などとは決してお考えになることはなく、先を争って書店に駆け込んでいただきますよう、一つよろしくお願いいたします。


参考文献


参考ビデオ作品

annotation

(注釈)


0:「憂鬱」p44。このときハルヒが作ろうとしたのは、もちろん、部活(SOS団)だが。
1:「分裂」p295の続き。「驚愕」の最初の部分は、この続きから始まるものと思われる。
2:「憂鬱」でのハルヒのセリフ。「持久戦」とは、朝倉涼子転校の謎を調査しにこのマンションにハルヒが侵入したときの手口。そのときハルヒは、なんと、他の人が開けたオートドアが閉まる直前に足を挟んで開けたのだ。キョンはその後(歴史的には前?)、何度も長門の部屋を訪れており、長門に入り口を開けてもらっている。今回もそうする手はあるのだが、「分裂」で、ハルヒの電話が寝ている長門を起こしてしまったことを知っているだけに、キョンとしては、ここは動き難いところだ。
3:ハルヒの口のうまさは各所で語られている。たとえば、「憂鬱」で、朝倉について管理人に訊くシーンなど。
4:「分裂」p290に、ハルヒは長門に電話して「病院は?……そう、行ってないの。薬は?」と聞くシーンがある。薬がどうであったのかは開かされていないが、もしも薬もないと長門が答えた場合、ハルヒの何らかのリアクションがあるはずであり、長門は「薬はある」と答えたものと推定した。なお、長門の融通のなさから、「病院へは行ってない。診療所に行った」との落ちではなかろうか、とここは深読みしてみた。
5:「憂鬱」p223で、朝倉のマンションを出たキョンとハルヒは、同じマンションに帰る長門に出会う。アニメ版では、そのとき長門が手に提げていたのはコンビニ弁当であり、「こいつも飯は食うんだな」との感想をキョンは漏らしている。なお、小説版では、長門の提げていたものは缶詰などであり、長門が自炊していることを示唆しており、長門が自炊するシーンは「陰謀」p108にもある。アニメ版では明確ではないが、小説版によれば、長門は大食漢であり、この設定を受け入れる場合、長門がコンビニ弁当で満足できるものかは、はなはだ疑問である。
6:「消失」において、普通の女子高生になってしまった文芸部員の長門に、なぜか自室に案内されたキョンだが、そこに朝倉がおでんを持って現れ、気まずいシーンが始まる。長門の状況がそのときに似ているだけに、喜緑が同様の行動に出ることは充分に考えられる。
7:「ミステリックサイン」(「退屈」p150)では、喜緑江美里は彼氏であるコンピ研の部長が行方不明になったとして、SOS団に事件の調査を依頼するが、コンピ研の部長には彼女はいない(「退屈」p178)とのことで、どうやらこの一件は、長門の差し金による「ハルヒを退屈にさせない作戦」の一環だったようだ。なお、「憤慨」p132で、喜緑はハルヒに、コンピ研部長と別れたことを語っている。
8:ヒューマノイド型インターフェースは、これまでのところ長門、朝倉、喜緑の3体がその存在を知られているが、長門、朝倉の双方が同じマンションに居住していることから、おそらく喜緑も同じマンションに住んでいるものと類推される。
9:1日2食。いかにもハルヒの言いそうなことですが、どこかで語っていたでしょうか? web 情報はこちらなど。
10:ミステリックサイン(「退屈」)において、コンピ研部長のマンションを訪ねたSOS団の長門、古泉は次元断層の発生を検知、一旦解散して、ハルヒを帰した後に、マンション前に再集合する。
11:朝比奈みちる(実は、少しだけ未来から来た朝比奈みくる)誘拐事件では、古泉の機関員である新川氏と森さんが、パトカーの警察官に扮した多丸兄弟と組んで、誘拐犯を追い詰め、朝比奈みちるの奪回に成功する。
12:雪山症候群において、今回同様長門は病に倒れるが、そのケースでは、館を出ることができず、外部との連絡も絶たれていた。これが周防九曜(情報統合思念体の命名によれば「天蓋領域」)の仕業であることは「分裂」において明かされている。
13:チームワーク最悪、とのセリフは「分裂」にあったはず。
14:「憂鬱」p92。バニー姿でビラ配りをさせられてよれよれになった朝比奈の「キョンくん……」に対するキョンの反応に同じ。
15:俺は一般人。これもどこかにでていたセリフです。どこでしょうか?
16:「退屈」でのキョンのセリフ。なぜか、古泉はキョンの顔に近づいて話をする癖がある。
17:「憂鬱」p125で「危機が迫るとすれば、あなた」とのセリフは長門の口から語られる。
18:京子の目的については、既に古泉によって語られている。
19:天蓋領域の目的が情報の収集であることは、「雪山症候群」で推測されている。
20:藤原の目的が歴史の改造である可能性はきわめて高いのだが、それにしては「ふん、既定事項だ。くだらん」などという台詞をよく口にしている。
21:タイムマシンが可能であったとして、過去に遡っている際に、本来あるべき過去と異なる現象が生じてしまうと、この時間の先には自らが出発した未来はなく、未来へ帰れない、という問題が生じるはずだ。
22:「陰謀」では例外のオンパレードだったが、タイムマシンの使用許可を得るには、通常、相当な時間がかかるようだ。お役所仕事は、未来になってもさほど変わらない、ということか。なお、朝比奈(大)は朝比奈(小)に比べてより高い権限を有しており、ある一定以上のレベルにいたれば、自らの判断でタイムマシンを操れる規定となっていることはありそうなことである。
23:「憂鬱」p121, 277では、自律進化の可能性が情報統合思念体の最大の関心ごとであることが述べられている。長門をあっさりと倒してしまう周防九曜の能力は、反則的に強力であり、これを封じておかなければ、物語の展開上無理が生じることもあり、ここでは情報統合思念体の力を借りることとする。なお、情報統合思念体が「申請」により動くことは、「憂鬱」における長門有希対朝倉涼子の戦闘時に、長門が「情報結合の解除」を申請していることからも明らかであろう。
24:世界の裏側では。このような表現もどこかでなされていたが、この場所に置くのが最も適切であるように思われる。
25:鶴屋別荘へのご招待。鶴屋家が温泉つき別荘を所有していたとの記述がどこかにあったように思うが、どこだかわからない。温泉であるからして、露天風呂などというものもあるに違いなく、今回は男子禁制とすることも合理的。なお、ハルヒにも声を掛けている可能性は高いが、ハルヒにはハカセ君に勉強を教える予定があり、今回の参加は見送ったのではなかろうか。
26:待ち合わせに適当な場所が駅前のみであることは「分裂」でも語られている。
27:キョンがデートと誤解されることを恐れる台詞は、「ライブアライブ」など、随所に散見される。
28:同窓会を開催することは、「分裂」で何回か言及されている。
29:モスグリーンのワンボックスカーは、「動揺」p268においてハカセ君を轢き殺そうとした車種であり、「陰謀」における朝比奈みくる誘拐事件で犯人の使用した車である。このとき、橘京子は、車を勝手に処分して良い、と言い残して去っているが、時限爆弾などが仕掛けられている可能性があり、古泉たちの機関としても、軽々しく扱うことはできない。おそらく、対処を検討しているあいだに、自称藤原を名乗る未来人の手によって奪回されたのではないか、と推理した。なお、誘拐というパターンは「陰謀」にも使用されており、同じパターンを繰り返すのは芸がないが、新たな要素を盛り込まない、との今回の推理の縛り上、こうするしか他に手がない。もちろん、谷川バージョンの「驚愕」では、ユニークな事件が発生するはずだ。
30:俺たちは蚊帳の外。このせりふも目にしたように思うが、さて、どこだったでしょうか?
31:ハルヒがタクシーを起用する様は「消失」などでも紹介されている。
32:「分裂」p65。「ご挨拶」は佐々木の口癖か。
33:ハルヒはハカセ君を連れ出したわけであり、家に帰す責任があるのは当然のことである。非常識なハルヒがこのような常識的な発言をするケースは、この物語の随所に見られる。キョン等をその場に捨てるのは、いかにもハルヒらしいやり方であるが、この場合のハルヒの行動は非難されるようなものではなかろう。
34:「憂鬱」におけるみくるの告白。他にもこれを回想したシーンがある。
35:「憂鬱」で、朝倉に襲われたキョンは、マジにくたばる5秒前である本当の危険を知った。
36:「陰謀」p392で、キョンが亀を川に投げ入れたときの波紋を少年が覚えていたことが、少年がタイムマシンに必要な基礎理論を生み出すきっかけになる、と朝比奈(大)が語っている。同様な説明は、文集製作時にもなされている。
37:現に一度轢かれかけている。
38:「分裂」p127の佐々木のセリフ。「でも僕の敵ではないみたいなのさ。そこが少し面白い。途方もない話を聞かせてくれたよ。……」
39:「分裂」p217で、「次の全国模試が迫っている」旨、佐々木は述べている。
40:「退屈」で、涼宮さんを暇にさせちゃあいけない、と古泉は語っている。
41:「緊急事態が発生しました」という台詞はエンドレスサマーでも古泉が口にしているが、他の個所にもあったはずだ。
42:「憂鬱」で、古泉は、ハルヒの閉鎖空間には、古泉ら超能力者以外は誰も入れない、と述べている。
43:……から、し方ありません。古泉の口癖。
44:機関のお偉方、と古泉は時々口にするが、これが誰であるかは不明。あるいは森さんや新川さんは、相当に偉いのかもしれない(雰囲気で)。
45:一刻の猶予もなりません。これも古泉の口癖。
46:古泉の機関が自家用タクシーを所有していることは、「憂鬱」で仄めかされた後、「陰謀」で紹介されている。運転手は「孤島シンドローム」で執事を務めた新川氏である。なお、キョンの妹を鶴屋家の別荘に送り届けた車もタダモノではないと思われるが、こちらは鶴屋家所有の高級車であると考えるのが妥当であろう。もちろん、鶴屋家の運転手も、タダモノであろうはずがない。
47:朝比奈さんは戦闘力ゼロだからなあ、という言葉は、ミステリックサイン(「退屈」)などでも語られている。
48:閉鎖空間への入り口は、時によって異なると古泉は「憂鬱」で語っているが、「横断歩道の中央」というパターンは踏襲されるものと推定した。こう推理する理由の一つは、動くもののない閉鎖空間において、なぜか信号機が点滅しており、信号機に特別な意味があるとすれば、これに関連する横断歩道にも特別な意味がある可能性が高いからである。
49:「高地を取れ」は、「名探偵」夢水清志郎の口癖だが、閉鎖空間でまずするべきは、高地を取ることであろう。現に「憂鬱」でも、古泉はまず高地を確保した。
50:「退屈」でバットに細工をしたときの長門に、朝比奈みくるは「呪文を唱えているみたい」との印象を受けている。「憂鬱」において朝倉涼子と戦闘したときも、長門が呪文を唱える姿をキョンは目撃しており、ヒューマノイドインターフェースが何かをなそうとしたとき、それが呪文を唱えているように見える、ということは充分に考えられる。
51:超能力者の戦闘能力に関しては、ほとんど明かされていないが、わずかに「ミステリックサイン」において、「限定的ですが」といいながら古泉が特殊能力を使用する様が紹介されている。これは、赤い玉を取り出し、バレーボールのシュートのように打ち出す、というもの。ハルヒの閉鎖空間においては、大型の赤い玉を生成し、これに乗り込んで飛行すること、おそらくはひも状の道具を使用して神人を切断すること、などの能力が示されている(憂鬱)。戦闘能力の設定が正しくなされているなら、攻撃能力に対応する防御能力があることは間違いなく、超能力者には、おそらくは赤い玉に類似したバリアーを張る能力があることは間違いなかろう。
52:「人間業ではない」というのは、「憂鬱」において麻倉涼子と、彼女に襲われたキョンを助けた長門に対するキョンの印象である。ヒューマノイドインターフェースの戦闘能力に関しても資料は乏しいが、ミステリックサイン以外に、朝倉涼子との戦闘が参考になろう。ここでの長門は、防御と解除申請に徹しており、攻撃らしい攻撃をしていない。しかし、朝倉涼子が砂のように崩れ去ったことは事実であり、また、ミステリックサインにおける巨大なカマドウマも同様な最期を遂げていることから、ヒューマノイドインターフェースの攻撃は、ターゲットの分子間結合力を失わしめる特殊ビーム(もしくは効果)ではなかろうか、と推察される。 。
53:敵が回避するであろう位置に向けて魚雷やミサイルを発射するという戦法は、ガンダム・シードや、古くはサブマリン707などでも紹介されている。その他の戦法として、複数のミサイルを角度を大きく変えて発射し、カーブを描いて敵に集中させる、という手法もとりえる。いわゆる十字砲火と同様、敵は防御が難しく回避しにくい、という効果がある。
54:神人に関しては「憂鬱」に詳しいが、閉鎖空間内で強大な力を持つ巨人である。ハルヒは、自らの鬱憤を神人に破壊行為をさせることで晴らしているようだが、これで鬱憤が晴れるのは、閉鎖空間からハルヒに、何らかの情報が伝達されていることを意味する。閉鎖空間で第三者が破壊を繰り返せば、ハルヒはその人物に腹を立て、神人が現れることもまた必然といえよう。
55:超能力者の空中戦は、おそらく、小型の玉をぶつけ合うという原始的な闘いではないかと推定される。超能力者自身が入っている大型の玉にはバリヤー効果があり、玉が当たっても中の人物に危害を加えることはないものと思われる。ただし、運動量保存則および角運動量保存則により、大型の玉は被弾により跳ね飛ばされたり回転したりする。これは、内部の超能力者に、多少のダメージを与え、戦闘能力・行動能力を奪う、という効果を生じる。
56:長門の特殊能力として周辺の状況を察知する能力を持つことは、「ミステリックサイン」(「退屈」p159)などで知られており、「孤島症候群」(「退屈」p298)では、もはや常識とされている。
57:「分裂」p205において、キョンの「ハルヒの力を佐々木に移植でもするのか? できっこないだろ」との問いかけに、京子は「そうでもないわ」と応えている。京子らの組織にとって、ハルヒの力を奪い取ることは必須であり、これがどのように実行されるかが、「驚愕」の一つの大きな話題となろう。
58:ハルヒの力が失われれば古泉の超能力も失われることは「消失」にも語られているが、こと古泉に関する限り、その力はハルヒの閉鎖空間内でのみ発揮できるため、古泉の力がハルヒの力を前提としていることは当然の話である。
59:この表現はアニメVol.1の、SOS団命名直後の、坂道を登るシーンでキョンによって語られている。ちなみにそのときは坂道を登ることがシーシフォスの神話になぞらえられている。元ねたに関しては、カミュの「シジフォスの神話」に詳しい。
60:ハルヒが求めている事件は、SOS団の活動対象である「この世の不思議」に関わるものであり、現実の刑事事件でないことは「孤島症候群」でも明らかである。この誘拐事件は、ハルヒにとっては、退屈を紛らわす愉快な事件というより、不快な事件であったのではないか。
61:ハルヒが「勘の鋭い女」であることは以前にも紹介されている。ここでは、閉鎖空間内での出来事が、無意識と同様、形を変えてハルヒの意識に上っていたものと解釈されよう。キョンはその内容を知っていたが故にごまかす必要を感じるのだが、ここは放置すべき局面であり、ハルヒの「あんた馬鹿じゃない」は正鵠である。
62:朝比奈(大)のキョンへの通信手段が、下駄箱に手紙を入れることであることは、「憂鬱」p204で紹介されているが、「陰謀」になると、p76, p112, p187と、ほとんど連日のように使用されている。
63:「溜息」p249で長門は言う。「未来の固定のためには正しい数値を入力する必要がある。朝比奈みくるの役割はその数値の調整」
64:ビッグバンとは、宇宙の始まりとなった大爆発のことであり、これに比べれば、核爆発などは線香花火以下である。とはいえ、実際に生じたのは「情報爆発」であった、という落ちではなかろうか。
65:なぜかタイムマシンで移動した先は、おなじみの場所であるケースが多い。朝比奈さん(大)といえば、当然、公園のベンチの後の茂みの中に現れるのがお約束であろう。以下、過去形と未来形が交錯する、時間旅行者ならではの会話をお楽しみください。
66:ハルヒが女性の胸に異常な関心を寄せるのは、「憂鬱」において朝比奈みくるを拉致したシーンからも明らかである。ハルヒが朝比奈(大)をみれば、仮に中学時代であっても、その胸に注目するであろうことは想像に難くない。
67:ミステリックサイン(「退屈」p163)で朝比奈みくるが語っている。「武器の携帯は厳禁です。あぶないです」
68:「退屈」p72。
69:もちろん、朝比奈(大)が時間を気にしているのは、まもなく長門のこの部屋は千客万来状態になることが既定事項となっているからだ。キョンも、ここでくつろいでいる場合ではないことを知っていたはずだが、藤原との一戦などがあったため、度忘れすることもあろう、と推定した。
70:「消失」p201。「あ、靴。忘れて来ちゃった」
71:タイムプレーンデストロイドデバイス(TPDD)、日本語に訳せば時間平面破壊素子とでもいうべきか。これは頭の中に存在している、という。ブレーンデストロイドデバイス、となりますと、日本語に訳しますと脳破壊素子、とでもいうところでしょうか。似て非なるもの、ではあります。
72:「平凡の原則による宇宙人が存在しないという証明」は、「論理学入門」の196ページによれば、「宇宙に多数の知的生命体があれば、それらはクラブを形成しているはずであり、地球人がそれに属していないのは平凡でない。故に、平凡の原則から宇宙の他の知的生命体は存在しない」とするものである。この証明は少々強引であるとの印象を受けるが、「パラドックス」として扱われており、この結論が正しいと主張するものではない。このパラドックスは、平凡の原則が導く第一の結論、すなわち「人類は平凡な存在である故、宇宙には多数の知的生命体が存在する」に対して疑問を呈するものであるが、平凡の原則がもし成り立っているとすればとするキョンの主張は正当であるといえよう。なお、上に掲げた「論理学入門」は、「憂鬱」p230において古泉が語った「人間原理」や宇宙の定数の謎などを扱っており、同書もしくはこれに類する書物を谷川氏が把握していることは、ほぼ、間違いないものと思われる。
73:特殊相対性理論は時間軸と空間軸を同等に扱う理論であるが、座標系の回転に対する制約から、タイムマシンの存在は否定される。
74:「分裂」p259において、SOS団入団希望者が増えた原因は、朝比奈着替えのために入団希望者が室外に出された際、何者かがこの集団に紛れ込んだためであると考えられる。この人物がこの場に居合わせた理由は、まったくの偶然である可能性もなくはないが、何らかの目的があって部室付近に居合わせた可能性が高い。ここでは、キョンに興味を示す謎の後輩の存在が「分裂」において語られていることから、この人物がキョンを尾行していた可能性を採用する。
75:謎の新入生を、ここではミヨキチの姉と推理する。その理由は、「分裂」p62においてなぜかミヨキチに言及されていること、誰かに似ているということからキョンの知っている人の血縁者であることが予想され、「分裂」登場人物に消去法を適用すれば、ミヨキチの姉が残る。
76:ミヨキチを映画に連れて行ったエピソードは「憤慨」p140のキョンの自伝的小説の中で紹介されている。
77:おそらく、佐々木は忙しいことと、やる気もないことから、京子の依頼をほっぽらかした、ということだろう。
78:笹の葉ラプソディ(「退屈」p107)で、ハルヒはキョンにこう命じる。「あたしの言うとおりに線引いて。そう、あんたが」
79:長門の実行は「陰謀」p27、キョンの依頼は「消失」p187。もっとも、依頼したのは朝比奈さん(大)でもあるのだが、、、
80:ミステリックサイン(「退屈」p157)。「次元断層」というのはこの空間の名称ではなく、空間を作った原因のようだ。空間の名称は、長門によれば「制限条件モードで単独発生した局地的非侵食性融合異時空間」ということになるのだが、めんどいので、「次元断層」と呼ぶことにする。なお、閉鎖空間も、次元断層に関連して生成されることは「憂鬱」で古泉が述べている。
81:ミステリックサイン(「退屈」p166)において、異空間に登場した巨大なカマドウマは、コンピ研部長の「畏怖の対象」であることが語られている。また、佐々木の閉鎖空間に関しては「分裂」p202に描写があるが、佐々木の個性が反映されたものである、と京子が語っている。
82:「消失」での衝撃的シーン。もちろんそのときはハルヒがいたのではなく「朝倉涼子がそこにいた」だ。
83:「憂鬱」。マウスを奪い合っていたときと、胸の星型のほくろの存在をキョンに告げられたとき、キョンと朝比奈がいちゃついているようなシーンをハルヒに目撃されている。
84:射手座の日(「暴走」p129)での古泉の言葉「あなた方二人は理想形と言ってもいいくらいの信頼感で結びついているんです」。
85:「憂鬱」p240で、「僕はにきび治療薬なんですよ」という古泉に、キョンは言う。「お前の比喩は解りにくい」
86:。「憂鬱」。「そうね、監視係みたいなもの」と、朝比奈は自らの役割を語っている。
87:「消失」。
88:「二つの顔を持つ男」という話ならたくさんあるのだが。
89:「どこでしょう?」。キョンの因果な人生に関して、谷口が言及している。
90:ハルヒ抜きで長門と話をしたいとき、キョンは判で押したように、昼休みの文芸部室へと向かう。
91:世界が分裂した原因がハルヒにあることは「分裂」プロローグ最後のキョンの語りからも明らかであり、因果関係の時間的制約により、原因は世界分裂の以前、すなわち「分裂」の記載中に見出すしかない。新団員受け入れの評価に関して、ハルヒの心情が複雑にゆれていることは「分裂」の記述からうかがうことができ、おそらくこれが世界分裂の原因となったものと推定される。
92:長門の冗談がわかりにくいのは、たとえば、孤島症候群でハルヒたちを締め出した際などに言及されている。
93:古泉の、「キョンがどこからみても一般人」なる形容は、「憂鬱」p169を始め、各所に見られる。
94:「憂鬱」で、長門は朝倉に対して「あなたは私のバックアップ」と語っている。また、喜緑も長門のバックアップであったはずであり、情報統合思念体が非常に用心深いことが推察される。そうであるならば、情報統合思念体が最も重視するハルヒのバックアップを用意していたことはありそうなことであり、それが複数であったことも不思議なことではない。少なくとも、京子は佐々木をハルヒ的存在と認識していることが「分裂」で語られており、その原因となった特殊性を佐々木が獲得する理由として、「長門がひそかに準備したハルヒのバックアップであった」とする説は、なかなか魅力的であるように思える。
95:「憂鬱」で、朝倉涼子の襲撃を撃退した長門は、異世界化した教室を元の姿に戻すが、この際、自らのメガネの再構成を忘れている。
96:「消失」によれば、長門の世界改変はきっちり365日となっており、開始時点は2年前の12月19日ということになる。キョンと佐々木がバックアップに仕立てられたのはこの時点であるはずで、京子が4年前にキョンや佐々木の能力に気づいたのは、それ以降のキョンと佐々木が4年前に時間移動したためと推定される。京子はその後、キョン、佐々木の力を見失ったはずだが、2年前の12月19日以降にこれを再発見し活動を活発化させたのであろう。
97:「憂鬱」。古泉が超能力者であることをキョンに語ったときの台詞。