「涼宮ハルヒの驚愕」を推理する
― 根拠 ―



この文書では、「『涼宮ハルヒの驚愕』を推理する」を推理した理由について、野暮を承知の解説をいたします。

なにぶん、「『涼宮ハルヒの驚愕』を推理する」を、本格推理小説「失われた『驚愕』/解決偏」として位置付けるためには、その推理内容が正しいことを、大団円の場に集まった全員に納得させる必要があるのですね。そうなりますと、この解説は、やはり必要である、ということになりそうです。

「面白くもない」との声は重々承知の上で、以下、このように推理した理由につき、ご説明いたします。なお、ここで説明いたしますのは、ストーリーの大筋に関する推理の理由であり、推理結果に登場いたします個々の言葉や小道具類に関する背景説明は、本文の注釈で述べましたので省略いたします。

1. 物語の始まり

α側のストーリーは、なにやら魅力的でありそうな後輩の存在が示されており、SOS団に入団希望者が殺到するという、萌え全開の学園ストーリーとなりそうな様相を呈しております。

一方、β側のストーリーは、京子らの敵対組織がキョンと顔合わせを済ませており、喜緑さんと周防九曜の邂逅、長門が病に伏す、などの緊迫した状況からスタートしております。そうなりますと、β側のストーリーは、αの萌えに対して、「バトル」がテーマとなる可能性が濃厚です。

β側のオープニングは、「分裂」の最後の部分から、長門のマンションの一室にSOS団の面々が集合するシーンであると考えられます。

喫茶店での周防らとの邂逅から、「驚愕」には喜緑が重要な役割を果たすであろうことは容易に推察されまして、喜緑と同じ有機端末である朝倉が長門と同じマンションに住んでいたことから、喜緑も同じマンションに住んでいることはほぼ確実です。

ならば、「消失」で力を失った長門におでんを差し入れた朝倉同様、喜緑が長門の部屋を訪れることもありそうな話であり、ここでSOS団の面々と喜緑が顔を合わせるのも自然な展開です。

こうなれば、作戦会議へと話が進むこともまた必然であり、邪魔なハルヒを外すために、ミステリックサイン同様の、「玄関前に再集合」というパターンも予想される展開、ということになります。

ここで、周防の力を封じておかなければいけません。長門を倒すような強力な力は以後使えないようにしないと、周防は何でもやり放題、ということになります。これを封じることができるのは統合情報思念体以外にありえず、統合情報思念体が周防の力をブロックするよう喜緑が申請する、というのが最もありそうな展開です。

2. 敵側の作戦

さて、SOS団に集まった未来人、超能力者、宇宙人は、涼宮ハルヒに興味を抱いて集まっているのですが、佐々木の周囲に集まった未来人(藤原)と宇宙人(周防)は、佐々木を調査すべく終結しているのではなく、それぞれ独自の思惑で京子の誘いに乗っているものと思われます。

京子は、佐々木から力を受けたことを意識しており、京子側の機関は、ハルヒではなく佐々木がパワーをもつべきである、との明白な意思を持っております。これに反して、藤原と周防の目的は、今ひとつ明白ではありません。

まず、藤原の目的は、歴史の改変であり、タイムマシンの発明されない歴史に改変することである、と推理いたします。この理由は、以下の通りです。

第一に、以前発生したハカセ少年轢殺未遂事件は犯人不詳のまま終わっていますが、犯行に使用された「モスグリーンのワンボックスカー」は朝比奈みちる誘拐事件に使用された車種と同じであり、同一人物による犯行である疑いが濃厚であることです。

第二に、朝比奈みちる誘拐事件は古泉らの機関の活躍により解決されたのですが、犯人グループに藤原が含まれていること、ハカセ少年がタイムマシンの発明で重要な役割を果たすことなどから、藤原の狙いが「タイムマシンの発明されない歴史に改変すること」であるものと推察されます。

タイムマシン発明のキーパーソンは、ハカセ少年だけではなく、ハルヒもキーパーソンの一人とみなされます。ハルヒが文集に発表した意味不明の文章は、奇しくもタイムマシンの基礎理論であり、タイムマシンを発明することになるハカセ少年の勉強もみております。

従って、ハルヒの力を奪うことは、藤原にとって意味があることであり、京子のプロジェクトに荷担することも理にかないます。

次に、周防九曜が何を考えているのかを知ることは不可能に近いのですが、長門らの目的と同様、情報の収集である可能性は高く、かつての朝倉涼子と同様、「何かを起こしてハルヒの反応を探る」という考えの元に動いていることは十分に考えられます。雪山症候群でハルヒたちを館に閉じ込めたのも同じ理由であると思われ、今回は、これをより効果的に行おうと考えているものと推察されます。

そうなりますと、敵対勢力がとるべき作戦は次のような形となるでしょう。

まず第一に、佐々木に協力してもらわなければならないのですが、彼女が乗り気ではないことが一つの問題となります。これには、キョンの反感が邪魔であり、何らかの方法で、キョンが協力するように強制する必要があります。そのための簡単な手段は、朝比奈みくるかキョンの妹を人質にとる、という作戦が考えられます。

第二に、ハルヒの力を佐々木に転送しなくてはなりません。これが可能であることは、「分裂」において、すでに京子の口から語られております。ハルヒの力を第三者が使うということは、一見不可能であるようにも思われますが、すでに「消失」において暴走状態の長門が行っており、周防九曜にもハルヒの力を転送できることは、十分にありえます。

第三に、特に藤原にとっては、歴史を改変することと、タイムマシンが発明されないようにすることが重要であり、ハカセ少年を亡き者にすることが、一つの重要な要素となります。

3. SOS団側の作戦

これらの予想される敵側の攻撃に対してとりうるSOS団の作戦は次のようになるでしょう。

まず、キョンの周辺人物を防衛しなくてはなりません。具体的には、朝比奈みくるとキョンの妹の防衛を第一に考えなくてはいけません。これを襲う人物は、おそらくは、藤原と彼の仲間のグループで、対抗手段は古泉の機関による力技での阻止が考えられます。

もう一つの対抗処置は、安全な場所に避難させることで、具体的には、週末の休みの期間は、鶴屋家の別荘に避難させる、という手が考えられます。鶴屋家側には、独自のガード要員を抱えているはずで、彼らの協力を得ることで、古泉らの機関は行動の自由が生まれます。

古泉らの機関の作戦としては、襲われる可能性のある人物を守ることと、藤原らの行動の監視であり、喜緑の協力が得られれば、藤原らの行動は容易に監視できます。

一方、不気味なのが周防九曜であり、特に、ハルヒに対して何らかの攻撃が加えられるリスクを避ける必要があります。

ハルヒに対しては、下手に攻撃を加えた場合に何が起こるか予想がつかず、おそらくは藤原らは攻撃をためらうものと思われますが、周防九曜にとっては、予期せざる事態が発生することは、むしろ歓迎すべきことです。こちらをプロテクトするのは喜緑の主たる任務、ということになるでしょう。

ただし、周防九曜の力は未知数であり、この攻撃とそれに対する防御がどのような形で展開されるかは想像不能であり、この部分は今回の推理の範囲外ということになります。

4. ハカセ少年に対する攻撃

「分裂」にも言及のあった、ハルヒが勉強を教えている少年は、タイムマシンの発明に欠かせない人物であり、すでに一度、みちる誘拐に使用されたと同じ、モスグリーンのワンボックスカーにひき殺されそうになったことがあります。これが藤原らの仕業であった疑いはきわめて高く、藤原が再び同様の行為に及ぶ可能性は高いものと思われます。

今回の推理では、この攻撃は朝比奈みちる同様の誘拐としておりますが、実際のところでは、狙撃、重量物の落下、罠など、あらゆる形の攻撃がありえます。いずれの形であるにせよ、古泉らの機関は、この攻撃を未然に防ぐことはお約束の展開でしょう。

最終的には、佐々木が京子の依頼を断る、とのストーリー展開が自然ですが、そのきっかけとして、佐々木が藤原の本性に気づくエピソードが挟まっておりますと説得力が増します。このエピソードとして、藤原のハカセ少年襲撃は好都合です。

この事件に、ハルヒは絡んでも良いし、絡まなくても良いのですが、題名に「驚愕」とある以上、絡ませて驚愕させることが自然ではないかと思います。この場合、キョン、佐々木、ハルヒが一堂に会することになり、面白いストーリー展開が期待できます。

5. ハルヒの力の佐々木への転送

京子がなすべきもう一つの課題は、ハルヒの力を奪い取り佐々木に与えることであり、これができそうなのが周防です。これが周防にできることは、「消失」において、長門がハルヒの力を世界改造に利用していることからも推察されます。

これをどこで実行し、バトルとしての見せ場を作るかが問題となります。これがハルヒの閉鎖空間で行われる、と今回は推理しております。これには、絶対的な必然性はないのですが、その場所にはハルヒがいる必要があり、かつ、ハルヒには気づかれてはいけないわけですから、ハルヒの閉鎖空間はベストの場所であることは確かです。

佐々木の閉鎖空間に入れる京子と、予想できない力をもつ周防を組み合わせれば、ハルヒの閉鎖空間への侵入という、一見不可能な作戦にも現実性が生じます。さらに、閉鎖空間は、超能力者が本来の力を発揮できる場所でもあり、喜緑・古泉チームと橘・周防チームの戦いは、大いに見せ場を作ることが可能です。

これには、ハルヒという、いつ爆発するかわからない時限爆弾の脇での戦い、という面白さもあります。ドラマとしての盛り上がりを重視すれば、この作戦がハルヒの閉鎖空間で行われる可能性はきわめて高いものと思われます。

さて、この戦いの勝敗ですが、鍵を握るのは喜緑と周防の力の差であり、雪山症候群や「分裂」の記述を見る限り、周防九曜はきわめて戦闘能力が高いという設定であり、長門の代役である喜緑には力不足と思われます。

しかし、彼らが負けてしまうとストーリーがつながりません。そこで、彼我の戦闘能力以外の因子が作用するものと考えられます。その一つの可能性として、今回の推理では、神人による周防の排除を想定いたしました。これは、その他の因子が推理不能であるのに対して、推理可能な唯一の因子であるように思われます。

6. α側ストーリーにおける謎の解明

α側のストーリーは、謎の後輩や、SOS団に押しかけた多数の新入生などから考えますと、萌え要素たっぷりの学園ストーリーではなかろうか、と予想されます。ただし、萌え要素を構成する大部分のエピソードは、個々に独立している可能性が高く、与えられた材料だけからは読みきることができません。

そこで、今回の推理では、「分裂」の段階で提示されている謎と、入団試験に的を絞って記述しております。

まず、謎ですが、第一の謎は、入浴中のキョンに電話をかけてきた謎の後輩であり、第二の謎は、SOS団入団希望者が1名増えていた点です。

これに関しては、ミヨキチの姉、という大胆な推理をしたのですが、その理由は「分裂」におけるミヨキチへの言及であり、誰だかはわからないが、誰かに似ている、とのキョンの形容なのですね。

似ている、という点は、血縁関係を予想させます。で、後輩、というからには新入生であり、これに該当する人物がいないことから、「分裂」に登場した誰かの姉妹、ということになるのですが、もっとも怪しいのがミヨキチの姉、ということになります。

一方、SOS団入団希望者が一人増えた、という謎ですが、これができるためには、朝比奈着替えのために入団希望者が外に追い出された時点でこの集団に迷い込む必要があります。その場所に居合わせる理由があるのは、キョンを尾行していた人物である可能性が最も高く、尾行の動機となるキョンに対する興味をもっていそうなのが、電話をかけてきた謎の後輩である、というわけです。

また、このような後輩がキョンに接近してくれば、新入生との接点を求める谷口・国木田が介入を図るのもまた必然的な成り行きです。その結果がどうなるかは、推理の範囲を超えますが、たまには彼らにも良い思いをさせても良いのではないでしょうか。

7. α側におけるハルヒの代役

α側のストーリーにも京子らが登場しており、ハルヒに代わる何者かを神のごとき存在と考えております。で、これが佐々木、ということになりますと、β側のストーリーにかぶってしまいます。従って、α側のストーリーでは、佐々木以外の人物を神のごとき存在である、と考えている可能性が高いものと思われます。

一連のハルヒ物を熟読いたしますと、ハルヒに代わりうる、最も可能性の高い人物がキョンであることに思い当たります。つまり、校庭落書き事件の実行犯は、実はキョンだったわけで、長門による世界改造事件の解決を長門に依頼したのもキョンであるわけです。少なくともこの事実を京子が知れば、キョンこそがハルヒに代わるべき人物である、と考えるのはまったく不自然ではありません。

ところで、β側のストーリーにおいて、京子は佐々木の閉鎖空間にキョンを招き入れています。同様のエピソードはα側でもあるに違いないのですが、では何ゆえに彼らに閉鎖空間が存在するのか、という疑問が生じます。一般人に閉鎖空間を作り出す。そのようなことができそうな人物は、長門をおいて他にはおりません。

「消滅」において長門が世界を元に戻した際に、元とまったく同じ世界に戻したのか、といえばそれは疑問です。実は、「憂鬱」で朝倉によって異次元化された教室を元に戻した際に、長門はめがねの再構成を忘れております。これと同様の行為を意図的に行うことも、不可能であるとは思えません。

そして、情報統合思念体は、長門に対するバックアップを朝倉、喜緑と準備していることからもわかるように、実に用心深い存在であり、彼らが最も重視する涼宮ハルヒのバックアップをこの機会に準備することも、また十分に考えられることです。

で、誰をバックアップに起用するかと考えれば、長門の意図を最も伝えやすい人物、すなわちキョンか、あるいはキョンにもっとも近くてしっかりした人物(すなわち佐々木)を、バックアップに起用する可能性が高く、おそらくはその双方をバックアップにしたのではないか、というのが私の推理です。

そうなりますと、世界がαとβの二つに分岐した際、京子らのグループがハルヒの代わりであると考える人物は、βが佐々木であれば、αはキョン、となるのもまた必然的な流れです。α側のストーリーで京子らが佐々木に接近したのは、キョンを巻き込むために友人である佐々木を仲間に誘ったのであり、佐々木はハルヒにとってのキョンの役割を与えられていた、と考えることができます。

もちろん、「消失」からも明らかなように、キョンはこの依頼を受けるはずがなく、京子の企てが失敗することは既定事項です。

8. 時間的な問題

長門による世界改変を元に戻した際、長門が佐々木とキョンをハルヒのバックアップに仕立て上げた、という仮説は魅力的ですが、それだけでは時間的な問題を生じます。

まず、長門の世界改変は昨年12月18日に、それ以前の365日分に対して行われたことは明白です。つまり、その開始時点にバックアップを作成した場合、2年前の12月18日にバックアップが誕生した、ということになります。

これは、「推理」のα側、つまり、京子がキョンをハルヒ代わりと考える場合は問題がないのですが、βの側、つまり佐々木をバックアップ代わりと考える場合に無理が生じます。なにぶん、京子は「分裂」p190において、「4年前に」自分に力が宿ったことを知り、それが佐々木に与えられたものであることを知った、と語っているのですね。

キョンであるなら、4年前の七夕に何度も来ておりますので、時間旅行をしたハルヒのバックアップであるキョンが京子に力を与えてしまった、という可能性があります。そうなりますと、佐々木も同じく4年前に時間旅行をしている必要があり、それは藤原によってなされたものと思われます。

9. 校庭落書き事件の妨害工作

藤原が4年前の七夕に時間旅行しているといたしますと、ハルヒによる校庭落書き事件を阻止する、というもう一つの試みがなされる可能性があります。これは、歴史の改変でもありますし、この落書きによって発生したものと思われる情報爆発を阻止することによって、情報統合思念体が地球に興味を抱く理由をなくし、長門らの登場を消し去ることができる、と考えられるからです。

これに対抗できるのは、同じ時間旅行者でしかありえず、おそらくは朝比奈みくる(大)の登場ということになるのでしょう。ただ、朝比奈みくる(大)は、藤原に敵う相手ではなく、キョンの活躍が必要とされるはずです。しかし、キョンと藤原が喧嘩となりました場合、藤原にはTPDDを作動させるという奥の手があり、キョン単独では時空のかなたに飛ばされてしまいそうです。

そうなりますと助太刀が必要であり、それが可能なのは長門である、と推理いたしました。このあたりになりますと、相当に話が入り組んでおり、多数の因子の一つが変化すると、お話は相当に変化しえます。ここで提示しているストーリーはその一例である、という程度にご理解ください。

10. 大団円

さて、「分裂」のプロローグの最終部分でのキョンの台詞より、お話の最後の部分でキョンはこれら双方の過去の記憶をもつ必要があり、しかもこれがハルヒの仕業であったことを知っている必要があります。ハルヒがそうする理由は、SOS団の団員募集に対するあい矛盾した思いであることは、「分裂」の記述内容から推察されます。

また、「分裂」プロローグ最後の記述より、このような事態が発生したことをキョンはその記憶に残している必要があり、その原因がハルヒにあることを知らなければなりません。一方、普通の人間にもハルヒにもこのような記憶が残っているはずがなく、これを知っているのは、ハルヒを除くSOS団の団員、佐々木、橘京子、藤原、そして周防九曜あたりではなかろうか、と予想いたします。

最終的に「正史」として残るのがα側のストーリーであることは想像に難くなく、周防が消滅したという歴史的事実も消え去り、藤原のライセンス取り消しもできないこととなります。これは、朝比奈(大)にとっては困った事態ですが、この先のストーリを考える側の立場(つまりは谷川氏)にとっては好都合でしょう。

で、何故にα側が残るかといえば、それがハルヒにとってもっとも好都合だからであり、SOS団に入団希望者が殺到し、これをことごとく不合格とするというストーリーは、団員勧誘が成功し、かつ、SOS団は元のメンバーのままという、ハルヒにとって理想的なパターンであるわけです。

最後に、長門とキョンがハルヒに力を与えてしまったかもしれない、という可能性が示されることはありそうな話です。こんな可能性くらい、「消失」の読者であれば、とうの昔に気がついていても良いような話ですが、一部にささやかれておりました、「谷川氏が『驚愕』を最終話としたため、角川が出版を止めた」とのうわさにも合致いたします。

もちろん、そんな可能性を示したくらいで、このお話が最終話になるはずもなく、古泉のいいかげんな理論が提示されて「驚愕」は終わるのではないか、と私は推理いたします。「驚愕」出版延期が噂話の通りであったといたしますと、それは、角川書店の杞憂ではなかろうか、というのが私の偽らざる印象でもあります。