コンフリクトを超えて

インターネットが開く新しい社会関係の可能性

ネットニュースの場において観察された対立 (コンフリクト) は、暖かみのある人間関係を求める 仲間社会指向と、正確な情報が効率的に交わされる普遍社会指向の間での対立に集約される.

このような対立は,電子的コミュニケーションの特性にも依存しているものと思われる.しかし、仲間 社会(本来の意味でのコミュニティ)と、普遍社会は、現代の社会が共に要求するものであり、ネット ニュースの場においてこれら双方の立場が対立をはらみつつも共存していることは、電子的コミュ ニケーションが今後の新しい社会関係の形成に有益であることを示唆しているものと思われる.


リ ン ク
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メイル : 私への密やかな連絡用。ご意見、ご注文もどうぞ


1.ネットニュースメッセージ分析の結果
2.対立の社会的背景
3.電子的コミュニケーション上のコミュニティ
4.コミュニティと普遍性をめぐる対立
5.違法行為への対応
6.社会関係の変化
7.フラットな社会関係
8.まとめ
参考文献

これまでの文書において,fj.news.usage を対象として,ネットニュースにおける議論の分析を行った.ここで,いくつかの 代表的な話題につき論点を整理しておく.

  • [指摘の仕方: ] 正確な情報が提供されればよしとするのか,個人の人格に踏み込んだ対応を心がけ るべきか議論されている.fjのように大きな集団では,個々の人格にまで踏み込んだ対応は難しく,情報 の正確さのみを考えることで十分ではないかとの指摘がなされている.
  • [用語について: ] その場で意味が通じれば良いのか,誤解を招きにくい,正確な用語を用いる べきかが議論されている.正確さを追求すると,コミュニケーションを阻害するとの主張がある一方で, fjのような開かれた場では,明瞭な用語を用いるべきとの主張もなされている.
  • [end行について: ] 特定のニュースリーダのバグにまで,投稿者が配慮する必要があるかどうかに ついて議論が行われている.バグの意図的な利用に対して意地悪との否定的な見方がある一方で,end行 は禁止されているわけではなく,これを用いられて文字化けが生じてもあきらめるしかないとの意見もあ る.
  • [匿名投稿: ] ハンドル(ネット上のニックネーム)の使用は許容されるとの考え方が支配的であるが, From の偽造や,ユーザIDを隠した投稿に対しては,大方否定的な見解である.
  • [その他: ] 著作権などの法律に関連する議論も多く行われている.法を遵守すべきとする主張は大 方の支持を得ているが,違法性を疑われる行為に対する厳しい口調の指摘については批判も多い.
これらの対立点は,すべて,他者への配慮や優しさを求める立場と,情報の正確さと規則の遵守を求める 立場との間の対立であり,仲間社会指向と普遍性指向との対立が,少なくとも fj.news.usage というコミュ ニケーションの場では支配的であるといえる.

現在の fj.news.usage 利用者の支配的な意識は,ネットニュースは開かれた場であり,正確さと普遍性を 追求すべきとの主張が支配的であり,多数の人々がネットニュースを利用している現在では,個人的な事 情に対して配慮が行き届かないことはやむを得ないと考える.一方で,個人の技術レベルや,参加者の 計算機環境,あるいは個々議論の場の実情に可能な限り配慮すべきとの考えも根強い.

仲間社会指向と普遍性指向の両極端の間に,さまざまな中間的立場も認められる.この二つの指向の各々 について,これを常識と考える人々が存在し,相反する立場の人々との間に文化的ギャップが存在すると もいうことができよう.

2.対立の社会的背景
1.ネットニュースメッセージ分析の結果
3.電子的コミュニケーション上のコミュニティ
4.コミュニティと普遍性をめぐる対立
5.違法行為への対応
6.社会関係の変化
7.フラットな社会関係
8.まとめ
参考文献

ニュースグループ fj.news.usage に投稿された実際のメッセージを解析した結果,議論の過程で,異なる 範疇に属する用語を多く含むメッセージが交互に投稿されるという現象が頻繁に観測された.この現象は, 文化・価値観を異にする参加者間で,互いに相手の考え方に歩み寄ることなく,自らの文化・価値観に固 執した主張が繰り返されているときにみられる.

fj.news.usage で大きな議論を読んだ話題として,誤りの指摘の仕方に関する議論,用語の誤用に関する 議論,ニュースリーダのバグ攻撃の是非を巡る議論の三つのスレッドについて,統計的手法を用いて対立 点の抽出を試みた.抽出された対立は,

  • 誤りの指摘の仕方に関しては,
    • 情報の正確性を重視する立場と,
    • 初心者への配慮等,暖かみのある人間関係を重視する立場の間の対立,
  • 用語の誤用に関しては,
    • 誰にでも誤解の生じない,正しい言葉使いを重視する立場と,
    • その場での通用性を重視し,過度の指摘は有害とする立場の間の対立,
  • ニュースリーダのバグ攻撃に関しては,
    • 規格に即したメッセージであれば非難されるいわれはないとする立場と,
    • バグのあるニュースリーダにも配慮したメッセージを発信すべきとする立場の間の対立,
であった.これらの対立は,どこの誰にでも通じる普遍性の高いコミュニケーションを指向する立場と, コミュニケーションの場において,相互の立場に配慮した暖かみのある人間関係を求める,コミュニティ を指向する立場の間の対立に集約することができる.

普遍性の追求は,学術的議論において要請され,また,コミュニケーションの場のルールに関してコンセ ンサスを得る場合には考慮されるべきである.今回解析した fj.news.usage では,普遍性を追求する価値 観が優勢であった.これは,このニュースグループがネットニュースの使い方を議論する場であり,ルー ルを他者に強制する内容を含んでいたためと思われる.

一方,参加者が暖かい人間関係を求めることも自然な要求であり,更に,コミュニティをつくり出して, 参加者のアイデンティティ確立を手助けするという意味もある.

普遍性を追求する場は,抽象的コミュニケーションを要求し,コミュニティとは相反する場とも考えられ る.しかしながら,現実の fj.news.usage には,「常連」と呼ばれる,一定のパーソナリティを認められ た人々がおり,彼らが交わすメッセージには発信者の個性も認められる.これは,記事を多数投稿してい る特定の人々が匿名投稿者の攻撃対象となっていることからも裏付けられる.このような人々はある種の コミュニティを形成していると考えられる.普遍性を追求する場の抽象的コミュニケーションであっても, 特定分野に関する能力を認め合うことで,コミュニティを形成し得るものと考えられる.このコミュニティ に参加する条件は,各々の分野における専門能力と,抽象的コミュニケーション技術である.

ネットニュースなどの電子的コミュニケーションの場は,個人が誰にも束縛されず,公衆に対してメッセー ジを発信する場である.これは,出版,放送などの伝統的な一対多のコミュニケーションと異なり,出版 社や放送局が果たしていたゲートキーパー機能が存在せず,個々のメッセージの発信が妥当であるか否か は個々の発信者が判断しなくてはならない.このためには,各々の参加者が,コミュニケーションの場の 特性(文化)を良く理解した上で発信することが要求される.

3.電子的コミュニケーション上のコミュニティ
1.ネットニュースメッセージ分析の結果
2.対立の社会的背景
4.コミュニティと普遍性をめぐる対立
5.違法行為への対応
6.社会関係の変化
7.フラットな社会関係
8.まとめ
参考文献

今回の解析は,ネットニュースの使い方に関して議論する場について行い,普遍性を追求する傾向が強い との結果を得た.しかし,この場においても,他者に配慮した暖かみのあるコミュニケーションを求める 主張は繰り返しなされている.また,趣味に関する議論の場では,より感性的なメッセージが多く交わさ れており,居心地の良い仲間社会を追求する傾向はより高いものと思われる.

普遍性の追求と暖かみのある人間関係の追求は,共に解決できる解が存在しない場合が多く,同じコミュ ニケーションの場で,両者が同時に主張されると,議論は噛み合わず,不毛な対立を招く可能性が高い. しかしながら,電子的コミュニケーション手段は,議論の場を細分化することが容易であり,適切な場の 設定がなされれば,感性的議論に集中したコミュニケーションの場もつくり出すことができよう.どのよ うな場でも,文化的多様性による対立は存在すると思われる.しかし,少なくとも,抽象的コミュニケー ションに不慣れな者にも参加の機会を与えることができるはずだ.

個人がしっかりしたアイデンティティを確立することは,民主主義の前提でもある.アイデンティティの 確立には,コミュニティに参加して,社会の中で独自の役割を果たすことが有効であると考えられている. 電子的コミュニケーション手段は,コミュニティの要件を次のように満足すると考えられる.電子的コミュ ニケーション技術が,一方で,熟慮の時間を奪い民主主義を破壊する傾向を持つとしても,個人の自立し た人格形成を助け,健全な民主主義の発展を助ける作用も併せ持つものと思われる.

  • 近接性: 交わされる情報量の多さと,暖かみのある内容が必要.コミュニケーションの場が充分に 細分化されれば,参加者の関心事に充分な情報が提供され,また,参加者の発信の機会も充分に与えられ よう.
  • 依存関係: コミュニティへの参加が,参加者にとって意味のあるものであるという意識.自らの必 要に応じて参加する場を選ぶことで実現されよう.
  • 役割意識: 参加者がコミュニティの中で一定の役割を果たしているという意識.コミュニケーショ ンの場においては,主に,情報を発信することが参加者の役割となる.更に,コミュニケーションの過程 で自らの得意分野を自覚し,これをコミュニティに役立てるなら,役割意識はより強固となろう.
4.コミュニティと普遍性を巡る対立
1.ネットニュースメッセージ分析の結果
2.対立の社会的背景
3.電子的コミュニケーション上のコミュニティ
5.違法行為への対応
6.社会関係の変化
7.フラットな社会関係
8.まとめ
参考文献

コミュニティは近接性を要件とし,開かれた社会とは相容れない.インターネットは公開され誰でも異 義を申し立てられる統一規格(RFC)に従えば,誰でも接続できる,極端に開かれた組織である.このような 場において,コミュニティが成立し得るのは,「自律分散」というインターネットの理念,すなわち,そ の社会の階層性によると考えられる.インターネットに参加する組織間での情報流通(接続)に関しては, 統一された規約の遵守が要求され,極めて抽象的・匿名的な関係で結ばれるが,接続組織の内部の運営, 接続機器の選定は,個々の接続組織の自由に委ねられ,更にこの上を流れる情報に関しては,全面的に参 加者の自由に委ねられている.

この重層性のために,インターネットは,全体として普遍的な場でありながら,個々のコミュニケーショ ンの場は,あるものは普遍性を追求し,あるものは暖かみのある人間関係を追求することができる.もち ろん,個々のコミュニケーションの場も,全体を律するルールと無縁ではあり得ず,そのルールの範囲内 での運用が要求される.fj.news.usage における議論でも,RFC に違反メッセージに対する批判がなされ る場合があった.しかし,RFC には従うべきであるとする考えが支配的であり,大きな議論には至ってい ない.

社会全体は抽象的かつ普遍的な規約に従い,個々の部分社会には多様性を認めるというインターネットの あり方は,民主主義,市場経済,学術社会などの今日成功している社会形態に共通する.すなわち,民主 主義は議決手続きを厳格に定める一方で思想・信条・結社・言論の自由を認め,さまざまな政治団体の選 挙,議会での競合により成り立ち,市場経済は開かれた公正な市場取り引きと自由な企業活動で成り立っ ている.成功をおさめた社会システムにこのような社会形態が共通してみられることは,社会が拡大して もなお,普遍的ルールは必要であり,多様性の維持が社会の発展に欠かせなかったためと思われる.

近年,絶対的,普遍的な規範に対する信頼が薄れるに伴い,人間社会は統一された一つの原理によって支 配されるべきであるとの考え方が力を失い,それぞれの場に様々な規範が存在するべきとの考え方が広がっ ている.マフェゾリは,現代社会の様々な部分で人々が部族的小集団への帰属を深め,個人主義が衰退す る傾向にあると指摘している[Maffesoli 88, Lyotard 79].

しかしながら,部族社会への回帰は,今日我々が抱える社会問題の解決にはならない.部族社会は,その 内部には暖かな人間関係が形成されるが,異質な他者に対しては極めて冷酷になる.今日世界各地で起こっ ている深刻な紛争の多くに,部族社会が暗い影を落している.更に,現在の世界で,社会が異質な他者と の交流なしに存続することは困難であり,それぞれの社会に抽象的な人間関係を形成する技術が要請され るとともに,それら個々の社会を包含した社会は抽象社会とならざるを得ない.地球環境問題や,人口・ 食糧問題など,今日の人類が抱える様々な問題も,全人類規模での合意の形成なくしては解決不可能であ り,抽象社会における合意の形成,円滑な運用技術の必要性がこれからますます高まるものと思われる.

一方で,暖かい人間関係に支えられたコミュニティの再生も求められ,行政,企業の側でも,人々に自発 性を発揮させ,生きがいを与える,小集団形成の試みがなされている.抽象性の高い普遍的な全体の結び 付きと,多様な部分社会が並存する自律分散型の社会は,コミュニティと普遍性の双方の要求を満足する 解となる可能性が高い.

電子的コミュニケーション技術は,有機的な暖かみ溢れる人間関係をつくり出すとともに,社会の抽象化 を促進すると考えられ,公正で開放的な社会の発展と普遍化に大きく貢献すると期待される.しかしなが ら,電子的コミュニケーションの持つ大きな自由度と多彩な機能,そしてこれが生み出す両義的特質は, 電子的コミュニケーション上のコミュニケーションの場の性格を極めて曖昧にする.電子的コミュニケー ションの登場という新しい環境に社会が適応し,この機会を生かすためには,社会,利用者の双方が,電 子的コミュニケーション社会に対する理解を深め,個々の場の特性に即して利用する必要があるだろう.

5.違法行為への対応
1.ネットニュースメッセージ分析の結果
2.対立の社会的背景
3.電子的コミュニケーション上のコミュニティ
4.コミュニティと普遍性をめぐる対立
6.社会関係の変化
7.フラットな社会関係
8.まとめ
参考文献

電子的コミュニケーションは新しい技術であり,法律や取締り体制など,社会の側の対応も整っていない. 更に,誰でも公衆に対して情報を発信できるという,ゲートキーパー機能の崩壊は,ともすれば,社会規 範逸脱の横行を招く.しかしながら,電子的コミュニケーション上に形成された社会も,伝統的な社会の 一部であり,現行法は等しく適用される.

電子的コミュニケーションの場を支配する文化が,社会規範からの逸脱を容認する傾向が高い場合,これ が参加者に影響を与え,参加者を違法行為に駆り立てる危険がある.このメカニズムは,コンピュータ犯 罪の背景の中で,以下のように説明されている.[Parker 76].

特異交友理論は,犯罪学的調査にもとづいたもう一つの特徴を説明してくれる.この理論は,犯罪者の行 為はたいてい彼らの同僚に容認されている慣行からほんの少しずれるのみであると説く.人間はいっしょ に働いていると往々にして,わずかに非倫理的な行為も互いの影響でつのってきて,やがて重大な行為に なるという.従業員が今日は鉛筆を,明日は便せんを,次の日はポケット電卓を家に持ち帰るというのも これである.電話線を使ってライバル会社のコンピュータ記憶装置からプログラムを盗んだフレッド・ダー ム事件の場合,競争会社のプログラマー同士が,不正な方法で遠隔端末機を使って互いのコンピュータか ら盗み出すのは日常行われているという,民事事件での証言があった.その証言によれば,各プログラマー がそういう行為をお互いに正当化し合って結局日常茶飯事化してしまった.ダームは逮捕されたときひど く憤慨したという

fj.news.usage で行われた議論を読む限り,ネットニュースの参加者の大多数は,法の遵守に価値を認め ており,違法行為は厳しく批判される傾向にある.

参加者と,参加者の所属組織の関係も興味深い.ネットニュース(fj)には,個人の資格で参加することが 求められている,個人は所属組織の計算機資源を用いて参加しており,所属組織との関係が議論の対象と なる場合がある.これは,ネットニュースのヘッダ部に,投稿者が投稿に利用した計算機の所属組織が記 載されており,また,発信者のアドレスやメッセージIDからも所属組織を知ることができる.

所属組織は大学,企業の場合もあれば,インターネットプロバイダの場合もある.表示された参加者の所 属組織が有名大学などの場合は,他者に劣等感を与え,感情的反発を招く場合がある.また,投稿された メッセージに反感を持つものが投稿者の所属組織の責任を問い,著しい場合には,その所属企業の製品に 対する不買運動を呼びかけた例もある.

感情的反発に基づく所属組織への攻撃は,ネットニュースの議論において,一般的には,批判的な反応を 受ける.しかしながら,違法目的での利用など,著しく問題と思われる投稿に対しては,所属組織の管理 責任を問うことも正当と考えられており,これを受け止めた組織の他のメンバーから,組織内部での対処 を報告する記事が投稿された例もある.

インターネットの利用者は,大部分が,何らかの組織を経由してインターネットに接続している.この接 続組織は,企業であれ,大学であれ,インターネットプロバイダであれ,伝統的な社会の中で活動する法 人であり,その組織活動の一環として個人にユーザ・アカウントを発行し,組織が保有する計算機資源へ のアクセスを許している.

このような組織は,新たなゲートキーパーとなり得る.そのゲートキーパー機能は,伝統的に出版社など が果たしていた機能と異なり,メッセージの内容にはほとんど干渉しない.また,干渉がなされたことが 明らかになると,コミュニケーションの場で批判を受けることになる.しかしながら,違法な投稿など, メッセージ発信者の目に余る行為に対しては,アカウント剥奪などの管理行為がなされ,これが不十分で あれば,法的責任を問われる.

6.社会関係の変化
1.ネットニュースメッセージ分析の結果
2.対立の社会的背景
3.電子的コミュニケーション上のコミュニティ
4.コミュニティと普遍性をめぐる対立
5.違法行為への対応
7.フラットな社会関係
8.まとめ
参考文献

この論文では,電子的コミュニケーションの作る抽象的人間関係の議論に際し,都市的人間関係を良く似 た例として参照してきたが,都市の誕生と発展の経過もまた,電子コミュニケーションが作る社会の将来 を考察する参考になるであろう.

都市は集落が発展した結果として誕生したものではなく,村落的共同体相互の誓盟による結束により誕生 した.初期の都市は中軸市民の「内部道徳」によって運営されている.これは,電子的コミュニケーショ ンが,いくつかのサイトの相互接続によって誕生し,当初は計算機の専門家の良識に依存して運営されて いたことと対応しよう.内部道徳に頼る組織運営から,この社会は部族社会の性格を持つと考えられるが, 一方で,多くの団体の集団としての都市の性格から,その運営にあたっては普遍性と抽象性も要求される.

都市はその発展に従い,未知の人々との匿名的な出会いの場としての性格を強め,言葉によって他者の支 持を得る「外部道徳的人間」が内部道徳主体の都会人に取って代わるようになる.更に時代が進むと, 「都市住民たる市民の特性が市民社会の担い手たる市民性へと展開する課程」へと発展する.この過程を, 鈴木は以下のように述べる[Suzuki 86].

自由の制度化,産業化の進展,全面的な都市化,階層構造の解放化,集団・組織の噴出と多元開花が進む 課程であって,都市型共同体が一国社会全体のスケールに拡散していったのとともに,共同体内部道徳の 主体性は個人単位に解体していく
...
共同体道徳は個人化し,外部道徳に対抗していた内部道徳は規制力 を弱めて拡散し,その後,国家の法体系を骨組みとする公的社会統制作用に引き継がれていく
電子的コミュニケーションは既に全地球規模に拡散している.電子的コミュニケーションを律する法体系 は今だ十分整備されているとはいい難く,内部道徳も,徐々に力を失いつつあるとの印象はあるものの, いまだ有効に機能していると考えられるが,今後徐々に法による支配に移行していく可能性が高い.

鈴木氏は「都市化の三つの側面」として以下をあげている.これらの変化は,電子的コミュニケーション 上の議論の中にも見い出される.

  • [個人主義化] 共同的・集団的生活から,個人的・選択的生活へ
  • [世俗化] 聖なる宗教的価値が失われ,便宜と計算,合理的配慮の優先へ
  • [伝統的文化体系の解体] 単一の文化的統合から多様な文化の並立へ
都市は,封建制の中の近代という,例外的な社会形態として誕生した.組織や国境の壁を越えるインター ネットを介した電子的コミュニケーション上の社会も,現代社会の枠から外れた社会との感もある.将来 の社会が,インターネットの原理である,自律分散型の社会関係に移行するか否か,極めて興味深い.

7.フラットな社会関係
1.ネットニュースメッセージ分析の結果
2.対立の社会的背景
3.電子的コミュニケーション上のコミュニティ
4.コミュニティと普遍性をめぐる対立
5.違法行為への対応
6.社会関係の変化
8.まとめ
参考文献

「情報技術の真の力は古いプロセスを改善することにあるのではなく,古いルールを壊し,新しい仕事の やり方を創造すること...」[Hammer 93],「機械情報の発達と普及は,近代組織のヒエラルキーを危 機に陥れる性格を備えている.」[堺屋 93]等々,電子的コミュニケーションをはじめとする情報 技術が組織のあり方に変化を及ぼすと,多くの経営学者が指摘している.伝統的な社会関係がピラミッド 型のヒエラルキー社会関係であったのに対し,電子的コミュニケーションの作り出す社会関係は,フラッ トな,ネットワーク型の社会関係であるといわれている.

電子的コミュニケーション上の個性は,社会的な地位や肉体的な魅力は意味を持たず,専門能力の発揮や, ボランティアとしてのコミュニティへの貢献努力を評価されることによって他者に認められ,パーソナリ ティが確立される.評価基準は個々のメンバーの機能の実用的な側面である.これは,生まれや社会的な 地位などで活動の機会が制約される閉じた社会より,個人の側からは個性の発揮する機会が多く,組織の 側からは高い効率的が期待できる.組織は専門能力を持つ人材を広く求めることができ,個人は自分に合っ た目標を広い範囲から求めることができる.このようなネットワーク社会がうまく機能すれば,個人には 自己を確立し,個性の評価を得る大きな機会を与えると同時に,社会に新たな活力を呼び戻すことができ よう.

近未来に登場すると考えられているフラットな組織の典型として,コンピュータ犯罪を取り締まる組織 ``FCIC''を紹介した文を以下に示す[Sterling 92].そこに現れているものは,専門性と使命感に支えら れた自律的な有機的人間関係であり,フラットな社会が匿名的な社会関係に直接結びつくものではないこ とを示している.

シークレットサービス,FBI,国税局,労働省,連邦検察局の各支局,州警察,空軍,軍の情報部といった FCICの常連は,しばしば自前でアメリカのあちこちで会議を開く.FCICには資金援助はない,会費を請求 することもない.ボスもいなければ本部もない... 人々はやってきてはまた去る ── 正式に「去った」 人間が,あいかわらずうろついていることもある.誰もこの「委員会」の「会員資格」が実際にどういう ものか,はっきりと説明できない.
...
ここ数年,経済評論家や経営理論家は,情報革命の波が,全てトッ プダウンで集中管理される固定的なピラミッド型の官僚制を破壊するだろうと考えている.高度に訓練さ れた「被雇用者」は,より強い自律性をもって自身の判断と動機によってある場所からある場所へ,ある 仕事からある仕事へと非常なスピードと柔軟性をもって動いていくだろう.「特別委員会」がルールとな り,組織の枠を超えて自発的に人々が集まり,直接問題に取り組んで,コンピュータによって支援された 専門知識をそれに適用し,やがて元の場所に戻っていく.

多かれ少なかれ,連邦のコンピュータ捜査のあちこちで,こうしたことは起こっている.電話会社だけが 異彩を放つ例外だが,それは100歳以上の老人なのだ.事実上,この本で主要な役割を果すすべての組織 が,FCICとまったく同じように機能している.シカゴ対策本部,アリゾナ恐喝対策班,破滅の軍団,『フ ラック』のグループ,エレクトロニック・フロンティア・ファウンデーション ── どれもが,「結束の 固いチーム」あるいは「ユーザーズグループ」のように見え,またそのように活動している.それらはど れも,必要に応じて自主的に発生した電子的特別委員会だ.

このような組織形態は,伝統的な組織形態の中では,「マトリックス型組織」と呼ばれる形態に近い.マ トリックス型組織において,メンバーはヒエラルキー型の組織の一員として組織に属する一方で,必要に 応じて組織横断的に集められた人々で構成されたプロジェクトチームの一員として専門性を生かして仕事 をする.電子的コミュニケーション上のコミュニティー(特にインターネット上のコミュニティー)が伝統 的なプロジェクトチームと異なる点は,組織の枠を超えて協力関係を形成すること,旧来のマトリックス 型組織がトップダウンでプロジェクトチームを形成するのに対し電子的コミュニケーション上のコミュニ ティーはそれぞれの参加者が主体的に参加するボトムアップ型であること,関与に対する責任の程度が電 子的コミュニケーション上のコミュニティーでは低い等の特徴がある.

フラットな社会といえども,個々の業務を遂行する組織と,それらを支える資源を保持する組織,あるい は,それぞれの活動相互の関係を調整する機能といった,重層的な社会関係が現れる.フラットな社会関 係が伝統的なヒエラルキー的社会関係と本質的に異なる部分は,これらの重層的社会関係が,あくまでも 補助的な機能にとどまり,組織の枠を超えた自然発生的な組織が業務遂行の中心部分であること,またこ のような組織が人々の興味の中心である点である.電子的コミュニケーション,特にインターネットは, フラットな社会の典型といえる.資源は大学,企業,あるいはサービス会社等の伝統的な組織によって提 供され,参加者もさまざまな伝統的な組織に所属している.その一方で,電子的コミュニケーションを利 用し,あるいはその上に形成されたさまざまなコミュニティで,それぞれの役割を果たしている.ネット ニュースというコミュニケーションの場自体も,ある種の重層的社会を構成している.接続やコミュニケー ションの場の規約といった全体的な議論の場が存在し,その結果に従って全てのニュースグループの運用 がなされている.これらは個々のコミュニケーションの場をカバーする,上位の組織とみなすことができ よう.しかし,この上位組織の個々のコミュニケーションの場に対する影響は,それぞれのコミュニケー ションの場と,他のコミュニケーションの場,あるいは伝統的な社会組織との間の調整機能にとどまり, 個々のコミュニケーションの場でなされる議論そのものに影響を与えることは稀である.参加者の主な興 味の対象はそれぞれの場でなされる議論そのものであり,全体的な運用に関する議論は,多くのニュース グループで補助的な役割にとどまっている.

フラットな社会関係は,それぞれの技能・専門に応じた人々がそれぞれの役割を担うことを前提に集まっ た組織であり,それぞれの価値を互いに認め合うことが基本にある.このような関係は匿名的な関係とは いえない.このことは,フラットな組織が抽象社会と相反することを意味するわけではない.抽象社会と いえども,必ずしも匿名的人間関係の場であるとはいえず,その中に暖かい人間関係が形成される可能性 を残している.

8.まとめ
1.ネットニュースメッセージ分析の結果
2.対立の社会的背景
3.電子的コミュニケーション上のコミュニティ
4.コミュニティと普遍性をめぐる対立
5.違法行為への対応
6.社会関係の変化
7.フラットな社会関係
参考文献

この研究の端緒は,私がネットニュースと言うコミュニケーションの場に参加して,その生気溢れる情報 交換に心を引かれる一方で,混乱と対立に傷つく人々を目のあたりにし,心を痛めたことに始まる.電子 的コミュニケーションは,閉塞した現代社会の壁を破り,政治の分野でも,経済,産業の分野でも新しい 可能性を提供するものとして大きな期待を集める一方で,電子的コミュニケーションに関わるさまざまな 事件も発生し,社会に混乱を与える要因ともなっている.

電子的コミュニケーションの普及が社会にいかなる影響を与えるのか,また,それが引き起こす問題を未 然に防ぎ,社会的に有益な技術とするためには如何なる施策が適切なのか,という問いは,現代の我々に とっても重要な問題と思われるにも関わらず,明確な解は提示されていない.

この問題は,人間社会の本質に関わる問題であり,その解は,情報技術の研究のみによっては得られない と予想された.一方,これまでになされている社会学的アプローチは,電子的コミュニケーションの混乱 した姿を描写し,可能性について論じているが,電子的コミュニケーション上に生じた社会の外部からの 観察に頼る傾向が高く,その社会内部に身をおいてなされるフィールドワークが充分ではないように思わ れた.

そこで,本研究では,ネットニュースという電子的コミュニケーションに常にアクセスしつつ,そこで生 じている現象,問題を念頭に,社会に対してなされたさまざまな研究成果にあたり,社会学的知見の応用 の道を探った.

コミュニケーションの場で議論されている内容は,メッセージを読むことによって把握することができる. 読解によって,その場に普遍性指向とコミュニティ指向という,興味深い対立が存在することはほぼ理解 されたが,この結論は研究者の主観が介在する余地が多い.そこで,主成分分析という統計的手法により, 主成分スコアとして個々のメッセージに客観的な特性指標を与え,議論の過程における特性指標の変動を 自己相関係数およびパワースペクトルにより分析する新しい手法を開発し,解析に応用した.その結果, 記事の特性指標が振動するという現象が,多くの議論において確認され,何らかの対立が発生しているこ とを示唆した.また,主成分の意味と,特徴的な主成分スコアを持つ記事の読解によって,対立点を判定 し,これと読解によって得られた対立とを比較することにより,より明瞭に対立点を把握することができ た.

ネットニュース上で生じている現象は,伝統的な社会においても古くから議論された問題である.しかし, ネットニュース上で生じている問題は,伝統的な社会で生じている問題とは種々の点で異なることも同時 に見出された.

第一の相違点は,学術ネットに始まる,伝統的な集団主義的参加者と,新たに参入した個人主義的利用者 の間の文化対立である.ここで,一般的な社会関係においては,集団主義は村落的コミュニティに対応し, 個人主義は都市型人間関係に対応するが,ネットニュース上で生じている対立は,集団主義的な古くから の参加者が普遍性を重んじ抽象的・匿名的コミュニケーションを重視するのに対し,個人主義的傾向の強 い新しい参加者が暖かみのある人間関係を求めているという差がある.このことは,村落的コミュニティ と普遍性の追求が両立し得ることを示唆する.

第二の相違点は,匿名的人間関係がもたらす都市型病理現象(アイデンティティの危機)と,これを防止す るコミュニティ再生の可能性である.これに関しては,話題に応じてコミュニケーションの場を振り分け ることで,電子的コミュニケーションの場であっても,普遍性が要求されない話題であれば暖かみのある 仲間社会を指向する場が形成可能であることが示されると同時に,普遍性が要求される場においても,専 門知識等の評価により,個性をもった,非匿名的人間関係が可能であり,コミュニティが成立し得ること が示された.

第三の相違点は,電子的コミュニケーションというメディアの持つ特殊な機能である.瞬時に伝達される メディアと,長期にわたって蓄積されるメディアとは,感性と知性のいずれに強く働きかけるかという点 で両極端にあり,部族的社会関係を前者がつくり出す一方で後者が破壊するという違いがあるが,電子的 コミュニケーション手段はその双方の性質を同時に備えるという特徴を持つ.これは,電子的コミュニケー ションを介した社会に混乱を招く原因となると同時に,双方の社会関係をカバーする伝達手段となり得る ことを意味する.

電子的コミュニケーションに対しては,従来の社会規範を逸脱する傾向が高いともいわれているが,現実 のネットニュースの場では,法律を遵守しようとする傾向が高く,また,インターネットへの接続が既存 の社会制度に含まれる組織を介してなされることから,法を逸脱する利用には一定の歯止めがかかってい る.

自律分散というインターネットの社会モデルは,民主主義や市場経済など,今日成功した社会形態にも共 通してみられる特徴である.コミュニケーション手段という,社会を成り立たせる根源の部分にこのよう な社会関係を促進する技術が浸透することは,よりフラットな社会関係が実現するとともに,より多くの 人々に機会を与える開かれた社会と,アイデンティティの確立を手助けする,暖かい人間関係に支えられ たコミュニティの双方を実現する可能性を内包していると思われる.それをいかにして実現するかが,我々 に与えられた今後の課題であろう.

参考文献
1.ネットニュースメッセージ分析の結果
2.対立の社会的背景
3.電子的コミュニケーション上のコミュニティ
4.コミュニティと普遍性をめぐる対立
5.違法行為への対応
6.社会関係の変化
7.フラットな社会関係
8.まとめ

[Hammer 93] Hammer, M. and Champy, J.: Reengineering the Corporation: A Manifesto for Business Revolution (1993) (野中郁次郎監訳:リエンジニアリング革命:企業を根本から変える業務革新, 日本経 済新聞社 (1993))
[Johnston 99] Johnston, K. and Johal, P.: Internet as a "virtual cultural region", Internet Research: Electric Networking Applications and Policy, Vol.~9, No.~3, pp. 178--186 (1999)
[Maffesoli 88] Maffesoli, M.: Le Temps des tribus --- Le d\'eclin de l'individualisme dans les soci'et'es de masse, Librarie des M\'eridiens-Klincksieck et Cie (1988) (古田幸男訳: 小集団の時代: 大衆社会における個人主義の衰退,法政大学出版局 (1997))
[Parker 76]Parker, D.~B.: Crime by Computer (1976) (羽田三朗訳: コンピュータ犯罪, 秀潤社 (1977))
[堺屋 93]堺屋太一: 組織の盛衰:何が企業の命運を決めるのか, PHP研究所 (1993)
[Sterling 92]Sterling, B.: The Hacker Crackdown: Law and Diisorder on The Electronic Frontier(1992) (今岡 清訳:ハッカーを追え,アスキー出版局 (1993))
[鈴木 96]鈴木広: 都市化の研究, 恒星社厚生閣 (1996)


1.ネットニュースメッセージ分析の結果
2.対立の社会的背景
3.電子的コミュニケーション上のコミュニティ
4.コミュニティと普遍性をめぐる対立
5.違法行為への対応
6.社会関係の変化
7.フラットな社会関係
8.まとめ
参考文献